『井田照一の版画』京都国立近代美術館&「双子の未亡人」ama projectソーシャル・キッチン

5/26(土)
京都国立近代美術館へ、妻と。22日から始まっている『井田照一の版画』展を鑑賞するためである。リチャード・ロングだけでなく、屋外彫刻をまずチェック。なかなか気づかないな。
企画展示室(3階、2階は事務室なのかな、僕たちは2階に行ったことがないような)へ階段を上る。受付。おっと、カメラの絵に◯がついている。三脚やシャッターはダメだけど。
聞くと、当館の収蔵作品(遺族からの寄贈。京都市美術館にも収蔵されたが、こちらは、版画以外の彫刻やインスタレーションも多い)なので、撮影ができるとのこと。iPhoneもカバンに入れてロッカーに入れてきたので、取りに戻るのも面倒なので、又の機会にする。

学生風の若い女性が、携帯で作品やクレジットを写していた。シャッター音が気になるほどもでもないが、6/3に学外授業で学生が大量に鑑賞させて頂く際は、携帯撮影ではなく、デジカメ・消音で撮ることを薦めよう。まあ、いいけれど・・作品の撮影(あとで、具体的に興味の持った作品を振り返るため)もいいが、展示室のながれ、壁のあり方などに興味を持って写すといいかも。あと、窓からの眺めとか、卵の壁紙空間や紙袋群のインスタレーション(この言葉も具体例があるのでいいかも)とかもぜひ。

入口から出口へいくと、出口は参考作品があって、それは、極初期のものなどが多く、少しクロノロジー(年代)でたどってきたようだったので、すこし戸惑う。4階のコレクション展への動線があるのだが、そこには少し戻る感じになるなとは思うので、やっぱり、当日は僕もなかに入るべきかも知れない。

カラフルで乾いたポップ的作品群のあとにある「The Spy Surrounds the Spy」の連作が興味深い対照展示だった。高橋アキの参考グッズなどにも反応する。
アーツマネジメントの本質論として「間」(創作者と鑑賞者の間、人と人、空の間、時の間、世の中の間、間-地)を強調してきたので、偶然だが、「表面は間」という版画を哲学的に抽出したコンセプトで追求した美術家の展覧会を授業で取り上げられることができて、よかったなと思っている。

鑑賞するというのは、創作するのと同じく、しかも逆方向に「間と遊ぶ」という心境(フローチャネルづくり=うっとり体験)を得ることだろうし、その間をいかにつくるのか、作者(作品群)と展示者と鑑賞者とのインターフェースの有り様について、あれこれ思いながら、大学へと向かう。

大学院の授業。
そのあと、ソーシャル・キッチンへ。
同大がずいぶん工事中。思ったより、北側の静かなところにカフェやライブができる場があった。なかなかソーシャルマネジメント的に興味深い活動をしているところだったことがあり、双子の未亡人のデュオを2階で楽しんだ。映像も絡むものだった。
ama projectというのは、海人(あま)っていう無重力のことのようだ。
1階のトイレにも展示。実は、1回目は気が付かず、2回目にようやく気づいたw
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by kogure613 | 2012-05-26 23:40 | こぐれ日録 | Trackback | Comments(0)

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