山住正己『教育勅語』(1980)

2017/3/14(火)

山住正己『教育勅語』 (朝日選書、1980年、朝日新聞社) が届くので、まずは拾い読み。

いま、森友学園・稲田朋美防衛大臣関連で、テレビなどでも教育勅語の解説をしていたりしているので。山住正己さんという方が唱歌の研究を早くからしているということも知ったりもする。

引用p263
<…学校教育の現場を見ると、小中高校の多くの教育では、文部省の学習指導要領にのっとった教育が行なわれており、こういう国歌の設定した基準がないと不安に陥り、あるいは自信を喪失する父母や教師が多く、ここに日本の弱点が集中的に現れている。
<日本人の間に、このような弱さが現にあるとき、教育勅語的な道徳に対して感覚的に反撥するだけでは、国家による思想・文化の統制を許す危険がないとはいえない。国家の決める基準を求めるという姿勢を改めていくには、それこそ教育勅語体制に封印されていた探求の自由を一人一人が主体的に獲得し、自主的に真理を求めていくことであり、それは感覚的反撥からの大きな前進となる。>
p264
<(教育基本法がめざす)この普遍人類的価値を志向する個性的な文化は、実際には、それぞれの地域に根を下した個人によって創造されるものである。江戸時代に各地域にあった独特の学問・文化は、文字政府の中央集権体制の下、中央に集中されることにより、中央と地方との文化面における格差は大きくなった。この中央集権は同時に、普遍人類的な文化に対し謙虚な態度でのぞむことを忘れさせてしまったのである。それが教育勅語体制であった。>
265
<…今日の課題は、思想・文化の統制によって人々を萎縮させる政策をしりぞけ、発達する可能性をもった子どもの能力や精神を、各地域、各学校・教室など、子ども・青年たちが生活し育っていく場で、多種多様な文化を開花させようとの寛容であると同時に積極性をふくんだ方針を貫いていくことである。そして、こういう文化の交流によって普遍的で個性豊かな文化を一人一人が享受しながら、しかもそれをいっそう発展させていく可能性を育てることである。>

ウィキペディアより

<山住 正己(やまずみ まさみ、1931130 - 200321日)は、日本の教育学者、東京都立大学名誉教授。父は戦前期の大蔵官僚である山住克己。
東京大学教育学部卒。同大学院を経て、1959年日本女子経済短期大学講師、1960年「わが国初等教育における唱歌教育成立過程にかんする研究」で東大教育学博士。1972年東京都立大学人文学部助教授、1981年教授、1993年から1999年まで同学長、1994年定年退官。教育科学研究会委員長。音楽教育を専門としたが、教科書問題や日の丸・君が代問題でも発言し、市民運動にも取り組んだ。


9時から部長会、そのあと学生部委員会。

お昼は中央体育館で学内合説の挨拶、大学評議会、学部教授会、全学懇談会、研修。

そのあとの自己点検委員会は学生部長はメンバーではなかったので、18時すぎに終了。

そうそう、昨日も僕のゼミの卒業生が合同企業説明会にいたし、今日もいた。あと数日前卒業したゼミ生もいて、ずいぶん大学に自分もいるんだなと実感。


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by kogure613 | 2017-03-14 21:42 | こぐれ日録 | Trackback | Comments(0)

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