ヤノット・シュワルツ『ある日どこかで』 桐野夏生『I N』

2017/8/1(火)

ずっと家。

運動不足解消に石清水八幡宮へ。

人が少なく、何かぼんやりできる。蝉の声が家よりもちょいとクリア。

正月にはなかった案内板があって楽しめる。徳川家の坊や足利家の坊。なんで神仏分離、廃仏毀釈しちゃったんだろう。明治維新の狂気。

桐野夏生『I N』(2012年、集英社文庫、2009年単行本)を読み終える。

『死の棘』との関係だったようだが、どうしても、志賀直哉『山科の記憶』と関連付けてしまう自分がいる。私小説的純文学へのかなり強い批評のように思えたりする。でも、面白いのでどんどん読める。

http://booklog.kinokuniya.co.jp/fukushima/archives/2009/07/in.html

<本書は「小説についての小説」というスタイルを採っている。具体的には、作家である主人公・鈴木タマキが「緑川未来男」なる作家の『無垢人』という過去のベストセラー小説――しかも、一種の私小説――に秘められた謎を解き明かし、その調査結果を『淫』という作品にまとめあげようとする、そのプロセスだけが記されているのだ。そこでは、従来の社会派的なモチーフは影を潜め、かわりに緑川という作家を取り巻く虚実皮膜の人間模様だけが次々と浮かび上がってくるという仕掛けになっている。『IN』というタイトルに相応しく、タマキは緑川および『無垢人』の内なる秘密にどんどん分け入り、そのプロセスで本当とも嘘ともつかない言葉を拾い上げては、共鳴させていく。かくして本書は、桐野の長編としては例外的に、ある種の内向的な性質を帯びることになるだろう。

特に、本書の強度は、緑川の愛人とされる「子」というブランクの存在によって高められている(なお、この愛人の存在は、島尾敏雄『死の棘』へのオマージュでもある)。タマキはこの「子」こそが『無垢人』を解く鍵だと睨み、その正体を探ろうと、関係者へのインタビューや書簡のやりとりを開始する。けれども、それらの情報は、決して「子」の実像を浮かび上がらせるには到らない。それどころか、かえって、緑川や『無垢人』周辺の謎=幻想を増す結果に終わるだろう。むろん、それこそが桐野の狙いなのである。>

<私は先ほど、『IN』が社会派的なモチーフから離脱したと書いた。確かに本書には、時事的なネタはほとんど出てこないし、話題も文壇的なものに限られている。しかし、より正確には、その閉鎖性こそが『IN』を《ある種の》現実の位相に向けて開いているのではないか。現代人の生活世界においては、幻想は幻想で勝手にたくましく成長していくし(incidentの領域)、現実は現実でときに無情な死や失敗をもたらすだろう(accidentの領域)。前者は後者を呑み込もうとするのだが、それはまさに『IN』がそうであるように、完全な成功を収めるには到らない。この両者はあくまで独立の事象であり、つまりは本質的に乖離しているからだ。

<incidentの豊かさとaccidentの残酷さを両立させた本書は、それゆえにまっとうな「社会派」に属しているというのが、私の見立てである(ついでに言えば、これと似た図式は大江健三郎の近作『さようなら、私の本よ!』や『臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ』とも共通している。大江もまた「妄想の豊かさ」と「現実のショボさ」を乖離的に両立させていた)。現実の事件をルポルタージュ的に描くこと、あるいは事件から直接に幻想を膨らませることだけが「社会派」のミッションではない。むしろ現実の「構造」をシンプルに抉り出すことこそ、社会派の本来の役目なのではなかったか。少なくとも、現代という時代はそのような社会派を求めているのではないか。『OUT』から『IN』に到る桐野の軌跡には、おそらくそのような問いが内包されている。>

面白くしかもしみじみ。

アメリカ映画というよりは欧州の芸術系映画のようだった。

ヤノット・シュワルツ『ある日どこかで』(1980年、103分、ユニバーサル・ピクチャーズ、Somewhere in Time

リチャード・コリアー - クリストファー・リーヴ

エリーズ・マッケナ - ジェーン・シーモア

ウィリアム・F・ロビンソン- クリストファー・プラマー


<原作者のリチャード・マシスンは、バージニア州のある劇場で見かけたポスターに出ていた、20世紀初頭の女優モード・アダムズ(Maude Adams)に心惹かれ、彼女について調査を続け、1975年に自分の経験を投影したロマンティック・ファンタジー小説『ある日どこかで"BidTime Return"』(創元推理文庫)を発表した。これは翌年の世界幻想文学大賞を受賞している。

プロデューサーのサイモンはこの原作を気に入り、(スティーヴン・スピルバーグと同期で1967年にユニバーサル映画社に所属し、テレビや映画の監督として活躍していた)監督のヤノット・シュワルツに映画化の話を持ちかけた。シュワルツはスピルバーグとともにユニバーサル映画社の幻想テレビドラマ・シリーズ『四次元への招待"The Night Gallery"』を担当していて、そこでマシスンの原作&脚本のエピソードを監督していた。それがきっかけで、シュワルツに注目していたマシスンが『ある日どこかで』の監督候補に推したといわれている。

シュワルツは、シェイクスピアの一節を引用した原題"BidTime Return"も悪くはないが、古臭い感じがするので、観客が歓迎しそうな"Somewherein Time"という題名を提案した。上層部は非商業的でヒットしそうにないという見解を出し予算は半減されたものの、「それでも作りたい」というスタッフ・キャストが集まり、映画は完成した。>


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by kogure613 | 2017-08-01 22:21 | こぐれ日録 | Trackback | Comments(0)

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