桐野夏生『女神記』 萩原朔太郎「夜汽車」<まだ山科(やましな)は過ぎずや>

2017/5/10(水)

いま読んでいる小説。

桐野夏生『女神記』(角川文庫、2011年。2008年単行本)。

新書では古いものだが、結構知らないことが多い「交響曲」のものも並行して読んでいる。

学生部委員会。そのあと、出席簿の確定版が出たので、出欠を転記。

それで、金曜日の1限行政学のプリントづくりを忘れていたことに気づき、慌てて、印刷(鍵は守衛室からもらって)。

京都駅前のホテルで互助会の歓迎会。

日本文学の先生から、横光利一の実家が山科にあって彼が里帰りしていたという話を聞く。

あと、萩原朔太郎の初期の詩に山科が出て来るそうだ。「夜汽車」(1923年)。

授業で志賀直哉『山科の記憶』などをすこし紹介したとも聞く。

山科醍醐の文学資源の活用はまだまだ検討しなくちゃと久しぶりに思った。

(参考)

白秋の恋を歌った?「夜汽車」/面白い!中也の日本語 - 中原中也インナープラネット http://chuya-ism.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-ceef.html より

(萩原)朔太郎の詩は白秋主宰の雑誌「朱欒」に発表されました。
その最初の詩が「夜汽車」(はじめは「みちゆき」。後に改題)でした。

『夜汽車』
有明のうすらあかりは
硝子戸に指のあとつめたく
ほの白みゆく山の端は
みづがねのごとくにしめやかなれども
まだ旅びとのねむりさめやらねば
つかれたる電燈のためいきばかりこちたしや。
あまたるきにすのにほひも
そこはかとなきはまきたばこの烟さへ
夜汽車にてあれたる舌には侘しきを
いかばかり人妻は身にひきつめて嘆くらむ。
まだ山科(やましな)は過ぎずや
空氣まくらの口金(くちがね)をゆるめて
そつと息をぬいてみる女ごころ
ふと二人かなしさに身をすりよせ
しののめちかき汽車の窓より外(そと)をながむれば
ところもしらぬ山里に
さも白く咲きてゐたるをだまきの花。
(三好達治選「萩原朔太郎詩集」岩波文庫、1990年11月15日第47刷発行より。傍点は で示しました。編者。)

また途中で寝て守口市まで行ってしまった。でも、この日のうちに家に到着。

年に一回の健康診断。

体重やウエストはまあ増えた。ウェストのアップが想定以上。

血圧はオーケー。問診ですこし脈が早いと。これはけっこう昔から早かったな。ちょっと気にしておくべきか。


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by kogure613 | 2017-05-10 21:04 | こぐれ日録 | Trackback | Comments(0)

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