京都橘大文化政策学科生たちの記事 ロベール・ブレッソン『バルタザールどこへ行く』
2006年 12月 30日
《 東山の街、魅力紹介 京都橘大生 学生の視点で情報誌編集 》http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2006123000016&genre=G1&area=K10より一部引用
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京都橘大文化政策学部の1年生5人で、5月に同センターの催しに参加したのを契機に季刊情報誌「ヒガシガシ」を知り、6月から編集に加わった。現在は東山を拠点に活躍する20-30代の陶芸家や漫画家、演出家らに話を聞く特集記事や、同センター利用者の感想をまとめるコーナーを担当する。
12月上旬には最新号の取材のため、区内で洋裁教室兼カフェ「柴洋」を経営する香川県出身の柴田美穂子さん(29)にインタビューした。「なぜ東山に出店しようと思ったのですか」「1日洋裁体験の内容を教えてください」「オーガニックなメニューにこだわる理由は何ですか」と自分で練った質問をし、写真を撮った。
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なにげに、京都新聞を取りに行くのは寒くてやだなあ、サイト見てすましちゃえって思ってクリックしたら、あれあれ、東山青少年活動センターでお世話になっているうちのゼミ生たちが、じつにきれいに、しかも凛々しく載っていてびっくりする。
なにげに、京都新聞を取りに行くのは寒くてやだなあ、サイト見てすましちゃえって思ってクリックしたら、あれあれ、東山青少年活動センターでお世話になっているうちのゼミ生たちが、じつにきれいに、しかも凛々しく載っていてびっくりする。
またもや、ずっといえのなか。ビデオやDVD(マルクス兄弟もの)、それに松本大洋『花男』三巻が届く。『ユリイカ1月号』にある細馬宏通さんの『花男』論(「追想の補給法」)を、花男第1巻を読んだあと、さっそく堪能する。マンガ批評という分野に魅力を感じる(が、そのマンガを読まずにどれだけマンガ批評は読まれうるのか、ということも他の論稿を読んで確かめる必要があるな。それにしても、花男と茂雄とブーヤン・・・いいあじです。ほのぼの、楽になれるけど、ややノルタルジっく)。
2000年のフォークライブNHKBSのビデオ(たまたまとったまま未見のまま本棚の片隅にあった)を観ている。京都会館にて。紙風船の二人が赤い鳥のことにはまったく触れずに、その前、尼崎(武庫之荘だったと思う)の公民館みたいなところで、後藤悦治郎がポスター貼ったりチラシを各戸にまいたりしていた、つまり、アーツマネジメントをしていたことを南こうせつに話していたのが新鮮。小椋桂の歌詞には凡庸でないところがときどき見られる。五つの赤い風船がトリでそのために撮ったビデオだったはずだが、観たのかどうかすら記憶にない。
そのあとに、ロベール・ブレッソン『バルタザールどこへ行く』(1964、96分)が入っていてびっくり。
ロバが生まれて、死んでゆくまで。ものを運び、人を乗せ、搾り機を廻し、尻尾に火をつけられ、鞭や棒で叩かれ、よろよろ逃げ出し、つながれ、弱り果てつつ。ロバはモノも言わないし、泣いたり抵抗したりもしない。生まれたときはとても子どもたちに喜ばれ、大きくなったアンに再会し、ひとときの幸せな薄くらがりの髪飾り。
そのあとは、ずっと悲惨。すこし面白かったのは、サーカス小屋で賢い天才ロバの算数計算をすることになるのだが、その前に、虎やチンパンジーや象などと一緒になって見詰め合うところがあって、とくにストーリーとか関係ないのだが、その無意味のようでそうでもないような動物同士の眼差しの交換が印象にやけに残っている。終わりは、羊たちと瀕死のロバ、バルタザールとの一対多、名前あるものと群れるもの、死と生の対比となる。
人間がロバと同じぐらいかそれ以下の個性しかないように描かれているところが、ずいぶん冷淡なようで透徹したトーンになっている。シューベルトのピアノソナタに入り込むロバのなきごえ。等価なのだ。(あやうく、神の下では、と書きそうになった)