9/28(水)
やはり新学期が始まって、目が早く覚めすぎる。5時が定刻なのに、4時とか、今日のように3時半。こんなとき、Twitterを眺めると奇妙な感じになってしまうな。
ということで、半分見て、ちょっとやめてしまっていた、ペドロ・コスタ監督『コロッサル・ユース』(2006年、155分)を最後まで見てしまう。朝なる前の何もない未明の時刻にちょうどいい映画かも知れない。
手紙が詩であり、映像が絵画である映画。
英語題が、Colossal Youth。日本語にしなかったのもなんか判る・・訳すとどうなるのだろう?壮大な青春?とほうもない若さ?・・ポルトガル語の題名は意味がよりわからない(Juventud em Marcha)が、3月の若さ(か若者)か、あるいは、早春?小津安二郎になってしまうな。でも、まあ、ローアングルだし、笠智衆さんみたいな親父さん(ヴェントゥーラ)のさすらい(旧住居エリアと新住居である空っぽの集合住宅)の物語だから、いいんかな(笑)。
若いということでいいのだったら、この若いってこの映画とどう関係するんだろう。
疑問ばかりの書き出しだが、実に美しく、どこかにふーっと行ってしまうこともしばしばだが、もどってきても、そこがまたそういう世界(意味が特定しない場所と人物)なのだ。
光が一部当たっていて、光のないところ(闇というよりも、光の欠落)が多くを占める。同じように、言葉があるが、言葉がないところも多く、音楽は最後にはあったが、あとは、家具を運ぶ音とか、そういうものだけだ。物音。
手紙を子供(かどうかも確定はしていないが)に暗唱させ、代筆して、出ていった彼の妻、子供の母(元植民地の島に帰ったのだろうか?)に送れと主人公である父が繰り返させる。その繰り返しで、私もその手紙を覚えてしまう。じつに美しい言葉(元になる手紙があるのだそうだ、ロベール・デスノスというシュールレアリスムの詩人のもの)なので、ほとほとまいってしまう、ああ、ポルトガルには、言葉がすべて詩になる変換器があるのだろうか・・・
以下、メモった手紙の一部(字幕なので、省略されているようだが・・・)
愛しいひと
今度会えば、30年は幸せに暮らせるだろう
俺は若返り力も湧いてくる
土産は10万本のタバコと流行のドレスを10着あまり
車も一台 お前が夢見る溶岩の家 心ばかりの花束
だが、何よりもまず ワインでも飲み思い出してくれ
こちらは島から来た仲間たちと毎日働きづめだ・・・
毎日毎分、美しい言葉を覚えている
俺たちふたりだけのための
特別にあつらえた絹のパジャマみたいな
10時半から、糸賀一雄記念第十回音楽祭の実行委員会。滋賀県庁向かいの厚生会館。
チラシの案もできていて、はじめて、学生や中高生割引も決まって嬉しい限り。
ナント市からのアーティストも2名来ることになっていて、11/27の栗東さきらの本公演のほかにも、「創発ワークショップ」というくくりのトークやディスカッションなどがその2週間前から、特に、1週間前から繰り広げられるということ。
11/23は、ぼくもあけておこうと思っている(祝日なのに授業はある日、でも水曜日なのでぼくは授業がない、でも校務があるかも知れないので、そのときは実行委員だからとこちら優先になんとかしよう)。
前の委員会は⇒
http://kogure.exblog.jp/13351885/