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宮澤賢治「生徒諸君に寄せる」&「農民芸術概論綱要」

2011/1/7(金)
朝、キャンパスにつくと、雪で白化粧なり。
京都橘大学での初授業。授業アンケートの時期である。

社会文化論では、この前のNHK教育での山折哲雄さんによる、宮澤賢治と宗教に関するビデオを見せた後、「生徒諸君に寄せる」を読み合う。編集は自分でしたが、こちらの編集(改作?)が有名(http://www.kenji.ne.jp/2004/041016.html 高村光太郎が編集したかも?という説もあって面白い)
オリジナルの草稿がこのサイトには追加されている(はじめは1946年の朝日評論のもの)→http://why.kenji.ne.jp/shiryo/sonota/602seito.html

「誰が誰よりどうだとか/誰の仕事がどうしたとか/そんなことを云っているひまがあるのか」、
「新しい風のやうに爽やかな星雲のやうに/透明に愉快な明日は来る」、
「諸君よ 紺いろの地平線が膨らみ高まるときに/諸君はその中に没することを欲するか/じつに諸君はその地平線に於る/あらゆる形の山岳でなければならぬ」、
「衝動のやうにさへ行はれる/すべての農業労働を/冷たく透明な解析によって/その藍いろの影といっしょに/舞踊の範囲に高めよ」・・・・・

何度読んでも尋常の平常心ではいられなくなる。そして、平明なのに、立ち止まる。途切れている部分はもとより、解釈にあたっても同様だ。たとえば:「その藍いろの影」の「その」は、「すべての農業労働」を指しているのだろうな、とすれば、「藍」は農業の野良着が地面に映す色(黒ではないのは印象派かもw)か。

最後に、一番やりたかった「農民芸術概論綱要」。
http://white-cup.cocolog-nifty.com/script/files/kenji_1926.pdf
それにしても、読むのは難しかったみたいで、途中からぼくが解説付きで読む。自分的に一歩前進したのは、「準志」である。志(実用の目的)に準拠する、という造語の気持ちかな、森鴎外の訳語の気持ちは・・・
 そ(=農民芸術)は常に実生活を肯定しこれを一層深化し高くせんとする
 そは人生と自然とを不断の芸術写真とし尽くることなき詩歌とし
 巨大な演劇舞踊として観照享受することを教えへる

 光象生産準志に合し 園芸営林土地設計を営む
 香味光触生活準志に表現あれば 料理と生産とを生ず
 行動準志と結合すれば 労働競技体操となる

 なべての悩みをたきぎと燃やし なべての心を心とせよ
 風とゆききし 雲からエネルギーをとれ

 創作止めばふたたび土に起つ
 ここには多くの解放された天才がある
 個性の異る幾億の天才も併び立つべく斯て地面も天となる


でも今日は失敗が3つも重なった日でもあった。

あさ、Uさんからのメールに気づくが、あけないで、7時半、家をでる。
この前の写真を送っていただいているのかなあ、おお厳重にしているなあ、メールもパスワードも書くのか・・・おや?おかしい。出てこない、どうしたの~と通学バスでやっていて、そのあと、研修室で準備していたら、メディアセンターから電話、スパムメールをぼくが撒き散らしているということで、びっくり。
いやあ、お互い、注意しなくちゃですねえ~

で、これは、スパムメールですとgmailのぼくが登録しているアドレス全部を選択するでメールしたら、一斉になっているようで(別々にかかるのかと思っていた)、BCCにはならなかったようで、二つ目の失敗。

3つ目は、政治学概論の授業で、iPhoneのベルが鳴る。珍しいなあ、ぼくに電話する人っているのかなあ。もちろん、誰か判らないが、前にもかかっていたようだ。
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by kogure613 | 2011-01-07 23:18 | こぐれ日録 | Trackback | Comments(0)

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