PM/飛ぶ教室『りんりんと、手ぶらで行く』精華小劇場&ヤン・ジョンウン・田中孝弥『相思夢』
2011年 02月 19日
2/19(土)
昨夜と一転して、しまいまでとても充実した、気持ちのいい日だった。
精華小劇場における葬送演劇を鑑賞し、日韓演劇交流の現場に遭遇して・・・
それにしても、全員、黒の喪服の日本演劇と、全員、白い衣装の韓国演劇のこの鮮やかな対照にめくるめくなあ・・
まずは、じわりと涙が出てきて、最後は~という、お葬式(お通夜)劇。
なんと、7名の出演者は喪服なので真っ黒。しかも、ほとんどが正座か足をくずしているままで、思い出を語ったり、それに反応したりするのみ。(昨日まで出ていた仏役の蟷螂襲さんは出ないことになったので7名なのだが。)
でも、2時間あまりのお芝居が、ちょっとだけ、前半長いなあと思った瞬間以外はだれないで流れて行く。淡々と、いや、りんりんと・・・

PM/飛ぶ教室27回公演『りんりんと、手ぶらで行く』14時すぎから16:13まで。作・演出:蟷螂襲。50歳代かそろそろアラカンぐらいの男が死ぬ。何の仕事をしていたか分からないが、自由がかなり効く仕事だったのだろうなあという感じはする。日本間、通夜。でも、短い読経があっけなく終わる(故人は葬式など何もしてほしくないといっていた、と弟:これも1つの伏線。タイトルを想起する:手ぶらっていうことだろうな、行く=逝く)。
そこに、弟(白井哲也)、息子(片岡千萬両)、親友の長谷川(や乃えいじ)、妻のロミ(山藤貴子)、死んだ男(彼が主人公であるのは疑いないが)の同級生の女性ツキ(福井玲子)、そして、自分から死んだ男の愛人と名乗るクニ(岸本奈津枝)が座っている。
線香が一本。煙が奥の暗闇をバックにして一筋流れるのが綺麗。短くなると役者の誰かがまた新しいのをつけて指す。遺体がその奥にあるという設定(畳の色が変わっているだけで表現)。音楽は朧月夜など。これは、同級生のツキによって後半印象的に歌われる。その歌詞の不思議調べというエピソードとともに。
大きな事件は、隠されていた(妻ロミや長谷川は知っていたのだが)娘スガの登場。森口直美(パブリカン・ポップ)。すらっとしていて小顔なので、クニととても対照的な風景を作っている。若干役者の実年齢とは違う設定だが、そういうことはほとんど気にならない。
あわてて、江坂へ。国際演劇交流セミナー2010 韓国特集「ヤン・ジョンウンSHOW CACE」 『相思夢(サンサモン)』公演とシンポジウム。日本演出者協会関西ブロック主催。

シアターぷらっつ江坂(劇団ひまわり大阪2階)、事前の打ち合わせは4階。劇作家で演出家のヤン・ジョンウンさんは物静か(シンポジウムでの語りのなかで、恨(はん)や、ぼくが聞いた縁(えみし、カルマにも通じるということでもあったな、西堂公人さんによると)の説明のときなどには、かなり、ぐっと力強く話していて、とても感情の起伏が激しいと韓国人や自分自身をヤンさんが語っていたが、その片鱗をみたような気がする。
協働演出ということで、清流劇場の田中孝弥(あつや)さんがいて、ドラマリーディングぐらいかと思っていたら、ショーケースというか、音楽などには手が回らないけれど、本公演に近いトライアル的な70分間だった。
なんと、1968年生まれのヤン・ジョンウンが、大学生だったのだろう、21歳のときに書き出して30歳のときにようやくあれこれあって完成したが、実際には2007年に初演したという古典的・歴史的史実に基づく詩劇(とジャンル化していいかは別だが、ぼくにはギリシャ悲劇からの伝統も感じたので、あえて)『相思夢(サンサモン)』を鑑賞した。
白一色。舞台も衣装も。激しい悲恋。階級の三層断絶と越境。そこに恨と縁の強さが韻文として放たれる。
イシダトウショウさんはじめ、全リンダさん以外は、韓国語が分からないのにもかかわらず、詩歌的だと田中さんが判断した部分は韓国語(古典的な用語、雰囲気が漂う丹精な詩句だが、まったく15世紀の漢詩のままではないものだということ)で語られる。そのために、字幕で日本語が出る。
シンポジウムで、ぼくは、日本の同時代が、ちょうど足利義政であることに注目した。世阿弥が確立した能楽があるとともに、義政は、義満よりもなお文芸に没入し、政治に携わなかったので、なんとなく、響き合っている歴史劇という部分もまた興味深かったからだ。
そのあと、ちかくの居酒屋「のりを」。
昨夜と一転して、しまいまでとても充実した、気持ちのいい日だった。
精華小劇場における葬送演劇を鑑賞し、日韓演劇交流の現場に遭遇して・・・
それにしても、全員、黒の喪服の日本演劇と、全員、白い衣装の韓国演劇のこの鮮やかな対照にめくるめくなあ・・
まずは、じわりと涙が出てきて、最後は~という、お葬式(お通夜)劇。
なんと、7名の出演者は喪服なので真っ黒。しかも、ほとんどが正座か足をくずしているままで、思い出を語ったり、それに反応したりするのみ。(昨日まで出ていた仏役の蟷螂襲さんは出ないことになったので7名なのだが。)
でも、2時間あまりのお芝居が、ちょっとだけ、前半長いなあと思った瞬間以外はだれないで流れて行く。淡々と、いや、りんりんと・・・

PM/飛ぶ教室27回公演『りんりんと、手ぶらで行く』14時すぎから16:13まで。作・演出:蟷螂襲。50歳代かそろそろアラカンぐらいの男が死ぬ。何の仕事をしていたか分からないが、自由がかなり効く仕事だったのだろうなあという感じはする。日本間、通夜。でも、短い読経があっけなく終わる(故人は葬式など何もしてほしくないといっていた、と弟:これも1つの伏線。タイトルを想起する:手ぶらっていうことだろうな、行く=逝く)。
そこに、弟(白井哲也)、息子(片岡千萬両)、親友の長谷川(や乃えいじ)、妻のロミ(山藤貴子)、死んだ男(彼が主人公であるのは疑いないが)の同級生の女性ツキ(福井玲子)、そして、自分から死んだ男の愛人と名乗るクニ(岸本奈津枝)が座っている。
線香が一本。煙が奥の暗闇をバックにして一筋流れるのが綺麗。短くなると役者の誰かがまた新しいのをつけて指す。遺体がその奥にあるという設定(畳の色が変わっているだけで表現)。音楽は朧月夜など。これは、同級生のツキによって後半印象的に歌われる。その歌詞の不思議調べというエピソードとともに。
大きな事件は、隠されていた(妻ロミや長谷川は知っていたのだが)娘スガの登場。森口直美(パブリカン・ポップ)。すらっとしていて小顔なので、クニととても対照的な風景を作っている。若干役者の実年齢とは違う設定だが、そういうことはほとんど気にならない。
あわてて、江坂へ。国際演劇交流セミナー2010 韓国特集「ヤン・ジョンウンSHOW CACE」 『相思夢(サンサモン)』公演とシンポジウム。日本演出者協会関西ブロック主催。

シアターぷらっつ江坂(劇団ひまわり大阪2階)、事前の打ち合わせは4階。劇作家で演出家のヤン・ジョンウンさんは物静か(シンポジウムでの語りのなかで、恨(はん)や、ぼくが聞いた縁(えみし、カルマにも通じるということでもあったな、西堂公人さんによると)の説明のときなどには、かなり、ぐっと力強く話していて、とても感情の起伏が激しいと韓国人や自分自身をヤンさんが語っていたが、その片鱗をみたような気がする。
協働演出ということで、清流劇場の田中孝弥(あつや)さんがいて、ドラマリーディングぐらいかと思っていたら、ショーケースというか、音楽などには手が回らないけれど、本公演に近いトライアル的な70分間だった。
なんと、1968年生まれのヤン・ジョンウンが、大学生だったのだろう、21歳のときに書き出して30歳のときにようやくあれこれあって完成したが、実際には2007年に初演したという古典的・歴史的史実に基づく詩劇(とジャンル化していいかは別だが、ぼくにはギリシャ悲劇からの伝統も感じたので、あえて)『相思夢(サンサモン)』を鑑賞した。
白一色。舞台も衣装も。激しい悲恋。階級の三層断絶と越境。そこに恨と縁の強さが韻文として放たれる。
イシダトウショウさんはじめ、全リンダさん以外は、韓国語が分からないのにもかかわらず、詩歌的だと田中さんが判断した部分は韓国語(古典的な用語、雰囲気が漂う丹精な詩句だが、まったく15世紀の漢詩のままではないものだということ)で語られる。そのために、字幕で日本語が出る。
シンポジウムで、ぼくは、日本の同時代が、ちょうど足利義政であることに注目した。世阿弥が確立した能楽があるとともに、義政は、義満よりもなお文芸に没入し、政治に携わなかったので、なんとなく、響き合っている歴史劇という部分もまた興味深かったからだ。
そのあと、ちかくの居酒屋「のりを」。
by kogure613
| 2011-02-19 23:04
| こぐれ日録
|
Trackback
|
Comments(0)

