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ペドロ・コスタ監督作品『血 O SANGUE』&マイア・バルー『地球をとってよ!』

2011/2/21(月)
長女が、ポルトガルに滞在中ということもあるし、
ポルトガルの若い詩人と協同で歌作りなども始まっているとも聴いていて、
そういうことから、ファドはじめ、ポルトガルという国はずいぶん離れているのに、気になっている国のひとつではある(もちろん、韓国であるとか、いま、二女がいるベルギー、あるいはもう一度戻るようであるチェコはじめ、自分で住むことがなくても、娘や知人などが住んでいたり関係したりしていると、ずいぶん興味がわく。そういえば、東京にもちょっとだけ興味が戻ってきたのもそのせいだ)。

ということで、ポルトガル映画を夜みた。しびれた。まあ、虫歯が見つかってしまって、口内も麻酔でしびれてはいたけれど(笑)。

まず、登場人物が、子供・若者世界(兄と10歳の弟、兄の恋人で弟の先生)と大人・老人(父親、父親の弟、悪巧みの老人たち、その連れで父を愛していたようなオールドミスポルトガル)にきっぱり分かれる。抑圧された若さと薄汚れた老獪との断絶・・・
それが、鮮烈な陰影と光になって、浮かんだり沈んだりする。合わせ鏡。鏡なのに、窓のように見えて、やっぱり、そこは閉ざされていたり、逆に、閉塞的な閉じこもる場所のはずなのに、するっと外にいってしまったり・・・ひとことでいえば、悪夢のようで・・・でも、眠くなれない・・・覚醒したままの白夢。

こんなクリスマスがいい。こんな新年の花火がいい。いや、当人たちにはよくないのだろうが、そういうクリスマスだってあるという映画がいい。父親殺しを3人が三様に捉えあるいは捕らえられる。

大人たちは、若者が犯した罪や罰の問題とは関係がない。一切の倫理や理想、そして希望などは失っている。あるには、単なる打算(あるいは、それすらないあのリスボンの叔父って何を思っているのかが若者にはまるで理解されていない、いやできない)。

『血』。「O SANGUE」。1989年、95分モノクロ。
短い映画作品なのに濃密な神話の時間。白黒なのに、赤さが心をえぐる。路地と川、泥のように流れるようで蟠る。
監督、1959年リスボン生まれのペドロ・コスタ。名前はよく聴いている。小津安二郎映画へのオマージュの関係かも知れないし、山形ドキュメンタリー映画祭の関係かも知れないが、初めて。

ひょんなことで、サラヴァ東京などの企画に関わっている人とツイッター連絡をしたことがあって、その関係で、ピエール・バルーの娘さん、マイア・バルーさんの姿を動画で見て、さっそく、アルバムを買った。

『地球をとってよ!』・・・ハスキーな低音がもうぐいっと弾き込ませて・・・久々にいい歌を聴いた気がする、現在形の歌手で・・・(過去のいい歌は山ほどあるのだが、いま世に出て流行っている歌でいいなと思うものがあまりにも少ない:一番自分が駄目なのは、ひーひーと上下する声とかそぶりがみんな酷似していてつまらない猿真似に見えることだ)。

by kogure613 | 2011-02-21 23:36 | こぐれ日録 | Trackback | Comments(0)

こぐれのぶお・小暮宣雄 写真は春江おばあちゃんと・サボテンの花嬉しく 


by kogurenob
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