極私的メディアの進化と棲み分け。メディアニッチ?
2011年 04月 16日
ずっと、
まわり(京都橘大学教職員さんや学生)と自分のソーシャルメディアづかいについてのギャップをよく痛感してきた。10年前、こぐれ日録(http://www.arts-calendar.co.jp/KOGURE/Diary.html こぐれ日記の毎日版)をつけていて、これについて、議論されたことがあった。
このときは、まだ、ブログというものを知らなかったので、鈴木英生さんにお願いするばかり(いまもこぐれ日録はそうだ)だった。
いまからふり返ると、こぐれ日録やその前からのこぐれ日記は、冊子。つまり、ドキュメンタリブックの電子版という意識だったように思う。だから、CD-ROM販売なんていうのもやったりもした。
ブログ(このこぐれ日乗)は、もう本というより、雑誌(コラムやエッセイのしかも適当なもの)的な感覚での公開の気分になっていた。
さらに、ツイッターなるものが出てきて(いや、ユーチューブという動画サイトを楽しんではいたが、自分はこれの使い方を知らないのでコメントしずらいが、たぶん、動画の雑誌的使い方かな?)、これとユーストリーム、そして、スマートフォン中心のモバイルなどが組み合わさって、ミニブログということだったが、どうも、マイクロ放送局(文字放送や動画発散)の役目を果たしている。
これに対してfacebookという、初めは、海外の娘たちとのやりとりでぼくは使い出した、mixiより大人でインターナショナルなSNS的なものがあって、いまは、これってなんだろう?という気分で向かい合っている。
「かえっこバザールinやましな」というfacebookページ?なるものを試験的に作ってみて、その用法を学習中・・・25名いいね!してもらうと、HPになるということなのだが、どうも、25名になったが、まだこれからどうしたらいいか?わからないまま・・・
わかりました!http://www.facebook.com/kaekkoY