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昔に行った文化政策の定義&学部学科の活動

6/6(水)
水曜日は校務の日である(学部長になってからは、毎週火曜日午後もそうなってしまったが)。
今日は、臨時の学科会議。新しい制度に挑戦するっていうのは、僕はどうしても好きなんだなと思ってしまう。
きっと、また、大変なことなどが待ち受けているのに・・・

大学評議会や大学院会議のあと、少し、作文を第1章第4節に追加する。
この本は10年前、公務員退職前の最後にいた滋賀にある全国市町村国際文化研修所(JIAM)つながりで出した本(共著)の文章。
 また、2002年に出版された『自治体政策とユニバーサルデザイン―住民満足度・最大化をめざして―』(波田永実編著、学陽書房、2002年)のなかで、筆者は「第4章 これからの文化政策――「アーツアクセス」の設計と経営に向けて――」という部分を執筆した。ここでは、アーツプレースである文化施設へのアクセスという観点とともに、「文化政策としてのユニバーサルデザイン」について論じつつ「アーツアクセス」という観点から先端芸術、伝統芸術、市場芸術、応用芸術、限界芸術に分けて解説をした(p111~142)。
 その際、前提として、地方自治体における文化政策を「個人の自由な精神活動を育み保障するための環境づくり」と定義し、その特色を「個人」「自由」「環境」に分けて論じた。以下、その特色の下りを引用しておく(同書p122~123)。

< ……文化政策の特色の一つ目は公共政策のなかでも「個人」を一人ひとり大切にする政策であるということである。ここで要請される環境としての「地域の文化」特性とは、まずもって市民の「個人性(=個性)」を殺さないということなのである。

 特色の2つ目は「自由」な精神性である。すなわち個人の創発性(individual emergency)であり、それらを基礎にして紡がれる地域の内発性(regional spontaneousness)である。
 つまり、文化政策は強制されて画一的に行われるものではない。文化生活が個人の自由を基盤にするのと同じく、国や都道府県からマニュアル化された自治体の文化政策というものはありえないし、そもそも語義矛盾である。これは理想であり現実の姿からはほど遠いけれど、本来は、それぞれの自治体が市民の参画やパートナーシップのもとで、自分たちの文化政策を自由な形で内発的に構築するものなのである。

 文化政策の特色、その三つ目は「環境づくり」である。政策主体の一つである自治体は、市民の精神(心)に「直接」一方的に働きかけることは出来る限り避ける必要がある。気をつけないと善意のお節介が個人の自由を侵すことになるからだ。しかしながら、アーツに限っても市民は現代社会の中で膨大な芸術情報の渦に取り囲まれているから、放置していたままでは、個人で本当に自分にフィットするアーツに接し、自由に感じたり考えたりすることが出来る状況を獲得することはできない。

 つまり、私たちにシャワーのように降り注がれるメディア情報を主体的に取捨選択するメディアリテラシーの獲得はじめ、自律的に判断できる市民になるための文化基盤をアーツの鑑賞やワークショップなどによって学習する環境がぜひ必要なのである。逆にいうと自治体が文化政策として必要なアーツとは、市民が自立し批評できる市民として自由になるためのツールであり、そのアーツが市民とともに生息しうる芸術環境とはハードだけではない社会に組み替える場だということになる。>

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by kogure613 | 2012-06-06 17:27 | こぐれ日録 | Trackback | Comments(0)

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