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アーツマネジメントの基礎=「と」

今日の作文

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本章の目的は以上のとおりであるが、まず第一節においては、芸術営の定義をする前に、第一章で示したような大学における教学上の工夫をもう少し紹介しておきたい。そのことが、以降の定義論、分類論とも関係するからである。
 まず、黒板に「アーツマネジメント」と書き、アーツマネジメントの基礎(ベイシックス)は「ト(と)」だと、最後の「ト」に印をつける(以下、アーツマネジメントの本質は「マ=間」、実践はその左横の「ツ(動詞)」)ことにより、受講者に印象づけるというテクニックを使いながら、以下のように続ける。

(1)アーツマネジメントの基礎=「と」
 アーツマネジメントとは何か?の答えとして最もよく活用される説明(定義)は「芸術と社会の出会いのアレンジ」である。そこで、このフレーズの前半の「芸術と社会」を「芸術」、「と」、「社会」に分けてみると、芸術は芸術学が、社会は社会学によって解明されてきたことがわかる。ところが、その両者を結ぶ「と」を扱う研究分野はどうだろうか。もちろん、芸術社会学や社会芸術論という領域が想定されるけれど、その両者の学問領域と相対的に独立した世界があるのではないだろうか、とりわけ、後半の「出会いのアレンジ」という実践活動を行う前提としての「と」の形を扱うものこそが、アーツマネジメントのベイシックス(基礎)ということができる。
 芸術は社会「と」あることが自明ではないからこそ、このアーツマネジメントの「と」があるが、「社会と」を含めて、「◯◯と」を5つに分けて眺めてみる。5つの「◯◯と芸術(アーツ作品)」というわけである。英語では、もちろん、繋ぐ出会いの「and」であるが、傍らにいるということで「with」がふさわしい場合もある。

 第一のアーツマネジメントの基礎は、「鑑賞者と」である。鑑賞者とともにアーツを考える。
アーツはアーツ創作者、アーツ作品だけでは存在しない。それを受け止める相手、展示された作品に向かい合い対話する観者、暗闇のなかで固唾を飲んで次の展開を待つ観客、リサイタル会場の一瞬の静寂に次の音の誕生、響き終わった音の残照を愛でる聴衆がいる。すなわち、アーツの鑑賞者が必要なのである。鑑賞者はアーツ世界の中だけではなくその外の社会からやってきてこそ意味がある。
時には、芸術享受者と広くいう場合もあるし、ワークショップをアーティストがファシリテーターとして行う場合は、その芸術の体験者となり、創作者との区別がつかないような共同創作になることもあるが、基本は、鑑賞者と芸術は対峙するとき初めて、その作品はそこで完成する。
なお、アーツマネージャーはプレゼンター(届ける人)でもあるが、さらに、アーツを見とどける人(聴きとどける人)でもあり、しかも最初の鑑賞者としてその現場に居合わせるという幸運に恵まれた(ときには悪夢のような)立場を持つことができる。

 第二に、やはりアーツマネジメントの基礎は、「社会と」アーツ(芸術)である。
アーツはアーツ内部の人たち、あるアーツ好きだけでいては、閉じてしまう。アーツの外に広がる社会へと腕を伸ばし足を運ぶ、あるいはメディアを駆使する、ということになる。これは、アーツのプロ性(忌憚のない批評に対して閉じない社会性)や芸術が持つ公共性、公共圏における振舞い=芸術の公共性根拠の基礎である。
なお、「社会と」の系として「生活と」も導き出される。暮らしの文化と術文化の相互作用が大切で、それによって、このあと触れていく限界芸術、応用(商業)芸術、実用性との関係が意識されることとなる。

 三つ目は「他のアーツと」自分たちのアーツとの関係である。アーツマネジメントをする際には、そのアーツジャンルと違うジャンルについて深くなくとも満遍なく広い視野のうちに入れておくことが必要である。例えばダンスのチラシを作る際にも宣伝美術家の複数候補がすぐに頭に浮かばねば困るわけである。また、複数のアーツジャンルをまたぐことで新しいジャンルが生まれてきたということにも着目することになる。例えば、童話と絵が絵本に、芝居と絵が紙芝居に、ストーリーと絵がストーリー漫画に、芝居と音楽(ダンス)がミュージカル(プレイ)になっていくように、クロスオーバー、ヒュージョン、越境性というアーツの創作現場もまた、マネジメントの要素である。

 第四は、「いま、ここと」(ヒア・アンド・ナウ)である。どんな過去の作品の展示・公演であっても、芸術営においては、現在性の確認であり、同時代性の実感を得る場づくりである必要がある。過去の懐古、別世界の逃避だけではディレッタントの範囲内になってしまう。
とはいえ、アーツが、「いま、ここ」にしか興味を持てないような私たちを、「いつか、どこかと」の世界へと誘うことにも大いなる意味がある、結局、「いま、ここ」と「いつか、どこか」とのクロスロード、今と過去との邂逅、そして今と未来とをむすぶものとしての芸術営の役割が析出されてくる。もっと言えば、私たちの世界と外の世界について、多文化性、空想の世界、彼方性、彼岸性、想像力(妄想)、超自然的存在への接近(宗教とは別の仕方で)・・・ということになろう。

 最後(第五)に、「あなたと」アーツ、貴方とわたくしの関係を意識させる芸術の機能である。そういう作用・役割としての芸術営的基礎である。一言でいえば、アーツの「かたわら(傍ら)性」。家族はじめ親密圏を構成させうる交通としてのアーツでありアーツマネジメントということになる。
英語でいえば「with」であり、アーツ作品やアーティストは、「気がつくとわたしたちのそばにいる」ことを人びとが体験できる環境デザインが最後における指摘であり、鑑賞者になる始点でもある(つまりまた第一の「鑑賞者と」へと循環スパイラル的発展になる)。また、まちづくり、まちつかいにおける「臨床」のアーツというふうにつながることも可能であろう。

Commented at 2012-12-20 20:37
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by kogure613 | 2012-06-07 21:56 | 自分(=小暮宣雄) | Trackback | Comments(1)

こぐれのぶお・小暮宣雄 写真は春江おばあちゃんと・サボテンの花嬉しく 


by kogurenob
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