『建築家M』& 児玉靖枝-中西哲治 @京都芸術センター

6/29(金)
アーツマネジメント論。もう一度桂枝雀落語。今度は字幕をつけた。これは賛否両論あるのはもちろんだが、これで助かるという受講者が圧倒的。それほど、芸能から若者は遠くなっている。
MONOの『なるべく派手な服を着る』の冒頭。一二三、五男に苦しくなっている学生たち・・

2回生ゼミに、京都市山科区役所地域力推進室の事業係長さんと主任さんが来られて、毎年恒例の質問タイムへ。今年は、公務員になってからの経歴をつぶさに教えてもらって、地方行政の中身にもすこし触れることができてよかった。9/8のかえっこバザールinやましなの世話人にも5名が立候補してくれたし・・・

京都芸術センターへ。ギャラリーは、実績の児玉靖枝さん(南ギャラリー)と北ははじめて見た中西哲治さん。<ゆらめきとけゆく>。どちらも、形象が朦朧とした具象画(油彩)ということになるのだろうが、自然と工事現場やミラーのある街角のような人工という対比。

『建築家M』。同じ田辺剛さんの脚本を、ふたりの演出家(筒井加寿子と柏木俊彦)が、少しセリフまでも違って違う演出で見せるという試み。たぶん、後攻めの方が、分が悪いかと思ったら、逆に、後の方が面白く観られたのは、演出力の問題ということとは別に、田辺脚本の抽象性のイマジネーション形成のレベルが高いので、鑑賞者がなれるのに、二回ぐらい観ないとダメといことかも知れない。イプセンの戯曲を思い出した。それ度見ていないので自信はないが。

そうはいいつつ比較してしまうのも確かだ。
後の方(柏木俊彦)がテンポがよく(10分ぐらい短かったと思う)、特に後半、小道具を使わないで、並行的に物語が動くのが実によかった。もちろん、高杉征司さんの迫力とか、空間を大きく使うところとかが自分好みだからかも知れない。

でも、先の方(筒井演出)では、前半部分がチェーホフ的に(つまり、哀しい喜劇風に)丁寧な閉塞的会話劇になっていて、これは、新しい発見。藤原大介さんはあまりにアホすぎる悪役で笑った・・カフカ的な不条理性演出を少し抑制している(壁の人間や犬の死体が入っているような袋などの美術があるにもかかわらず)。
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by kogure613 | 2012-06-29 23:20 | Trackback | Comments(0)

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