めくるめく紙芝居ワークショップ おてらハプンに向けて
2013年 04月 21日
4/21(日)
13時から、めくるめく紙芝居ワークショップ。山科青少年活動センター大会議室(ドアが新しくなっていた)。
行ったワークは、5/6に行う公演の読み合わせ(再再演となる2作品)と、劇中にオドル山科音頭の振付をワークショップでまた作るという楽しい活動だった。
あと、5/6のおてらハプン(守山市の東光寺)に行くバスの集合時刻は8:50とし、場所はJR山科駅として、そこから、バスが停車している場所(まだ決まっていない)へ集団で向かうことにした。
昨日の休養がまだ足りないのか、寒いせいなのか、すこしまだ心身とも試運転の感じ。めるくめく紙芝居は、今年はじめて、おてらハプンに参加するので、その準備である。
ぼちぼちと、山科駅へ。
早すぎたので駅で時間調整していると、えっちゃんに会う。
彼女は、文化政策学科の最後の卒業生で、2007年度入学者。
彼女が、学部からのOGとしては、一人、いまでもめくるめく紙芝居を支えてくれている。
林加奈さんを慕って水都の活動などにも積極的に参加したのがよかったのだろう。
今日は、なんと、2005年度男女共学1期生で、アーツマネジメントコースもかなり充実した時代に入学したおぎちゃんが、大学院に入学したので、この伝説的なタフ5の1回生4人組のうち、新潟にいる花ちゃんをのぞく3名が、なんと、山科青少年活動センターに同窓会のようにやってくれたのである。
かすみんもトミーもライちゃんもなにも変わっていない。まあ、みんなもちろん入学したときよりは、綺麗になったし、社会人として、実にしっかりしているが、でも、入学時から4人ともずっとそうだった気がしてならない。
なにせ、タフ5が終わって、もう何もできなくなったときでも、この4人を見ていたら、文化政策にもアーツマネジメントにも、いや、日本の将来にさえ、ずいぶんと明るい希望があると思ったことが強烈だったのである。
バブルもなにもいらない。有名とか流行とか関係なく、等身大の生き方ができる芸術営の担い手がここ京都橘大学で可能になると、そう思ったのだ。それは、林加奈さん、田辺剛さんという強力な芸術家を招聘し、それを3年間続いたアーツマネージャーとしての小鹿ゆかりさんが、苦労して芸術営してくれたからであるが、でも、そこの印象は忘れられない。
だが、そのあと、続かなかった。自分の力不足そのものである。2008年度には、文化政策学部も文化政策学科もあっという間に霧散した。2012年度には文化政策研究センターもなくなり、あるのは、大学院のみである。
まあ、そんな愚痴はここまで。
たまに、彼女たちが来てくれたら嬉しいな。縦のつながりづくり。
きっと、京都橘大学の卒業生、こぐれゼミ、そうでない人たちでも、ふと、アーツマネジメントの現場が人を呼び寄せ、創発プラットフォームがここにある、これが、これからの環境だと気づくことがあるに違いない。
そのために、まだ、すこしぼくは生きていよう。
13時から、めくるめく紙芝居ワークショップ。山科青少年活動センター大会議室(ドアが新しくなっていた)。
行ったワークは、5/6に行う公演の読み合わせ(再再演となる2作品)と、劇中にオドル山科音頭の振付をワークショップでまた作るという楽しい活動だった。
あと、5/6のおてらハプン(守山市の東光寺)に行くバスの集合時刻は8:50とし、場所はJR山科駅として、そこから、バスが停車している場所(まだ決まっていない)へ集団で向かうことにした。
昨日の休養がまだ足りないのか、寒いせいなのか、すこしまだ心身とも試運転の感じ。めるくめく紙芝居は、今年はじめて、おてらハプンに参加するので、その準備である。
ぼちぼちと、山科駅へ。
早すぎたので駅で時間調整していると、えっちゃんに会う。
彼女は、文化政策学科の最後の卒業生で、2007年度入学者。
彼女が、学部からのOGとしては、一人、いまでもめくるめく紙芝居を支えてくれている。
林加奈さんを慕って水都の活動などにも積極的に参加したのがよかったのだろう。
今日は、なんと、2005年度男女共学1期生で、アーツマネジメントコースもかなり充実した時代に入学したおぎちゃんが、大学院に入学したので、この伝説的なタフ5の1回生4人組のうち、新潟にいる花ちゃんをのぞく3名が、なんと、山科青少年活動センターに同窓会のようにやってくれたのである。
かすみんもトミーもライちゃんもなにも変わっていない。まあ、みんなもちろん入学したときよりは、綺麗になったし、社会人として、実にしっかりしているが、でも、入学時から4人ともずっとそうだった気がしてならない。
なにせ、タフ5が終わって、もう何もできなくなったときでも、この4人を見ていたら、文化政策にもアーツマネジメントにも、いや、日本の将来にさえ、ずいぶんと明るい希望があると思ったことが強烈だったのである。
バブルもなにもいらない。有名とか流行とか関係なく、等身大の生き方ができる芸術営の担い手がここ京都橘大学で可能になると、そう思ったのだ。それは、林加奈さん、田辺剛さんという強力な芸術家を招聘し、それを3年間続いたアーツマネージャーとしての小鹿ゆかりさんが、苦労して芸術営してくれたからであるが、でも、そこの印象は忘れられない。
だが、そのあと、続かなかった。自分の力不足そのものである。2008年度には、文化政策学部も文化政策学科もあっという間に霧散した。2012年度には文化政策研究センターもなくなり、あるのは、大学院のみである。
まあ、そんな愚痴はここまで。
たまに、彼女たちが来てくれたら嬉しいな。縦のつながりづくり。
きっと、京都橘大学の卒業生、こぐれゼミ、そうでない人たちでも、ふと、アーツマネジメントの現場が人を呼び寄せ、創発プラットフォームがここにある、これが、これからの環境だと気づくことがあるに違いない。
そのために、まだ、すこしぼくは生きていよう。
by kogure613
| 2013-04-21 17:52
| こぐれ日録
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