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『めぐり逢い』1994、加藤 恵津子『<お茶>はなぜ女のものになったか』

2014/8/23(土)
夜は、グレン・ゴートン・キャロン監督『めぐり逢い』(1994年製作、108分、LOVE AFFAIR ネット・ベニング&ウォーレン・ベイティ)を楽しむ。アネット・ベニングをこの前たまたま見て(『ワイルド・レンジ』)、その10年ほど若いときの彼女の映画が見たくなって買ったもの。
957年の『めぐり逢い』(ケーリー・グラント&デボラ・カー)のリメイク。ただ、その前に『邂逅』というのが戦前にあったということ。

80歳代後半のキャサリン・ヘップバーンが島にすむ伯母様役で登場してから、お気軽なラブアフェアがぐっと締まった映画になる。歌で飛ばしたりする娯楽映画なのだが、彼女の存在そのもの、首の揺れまでもが心を打つ実技であり演技でもあって、その伯母さんのマフラー(ショール?)をアネット・ベニングは受け継げるのかなあと思いつつ、でも彼女もいまはおばさん役で活躍しているということなので、また見てみようとか思っている。

加藤 恵津子『<お茶>はなぜ女のものになったか―茶道から見る戦後の家族』(紀伊國屋書店、2004年)を読んだ。
茶道、お茶の芸術性については前からずいぶん興味を持っていて、この本の前半はその関心を深めさせてもらえる内容だったし、後半や結論は、博士論文がベースになっているので、ジェンダー論などが含まれていてこれも興味深いもの。

ダンスの人類学的定義(説明)は、「閉じ込められた情緒を外面へ放射する手段」とされているそうで(p18),確かに、「お点前」とは違うが、語源説の一つに、「手」「舞」があるというのも、一つのこじつけ的解釈かも知れないが、連想できるからこそのものだともいえる。

家元制度とは「世襲的に権威を継承するシステム」であり、「特定の家が何世代にもわたって、茶道を習う者や教える者に許可を与える権利を独占する制度」(p37)である。能楽とか歌舞伎とかは、微妙なんだろうなあ。

「コミュニタス」・・ターナーの用語。通過儀礼などの非日常的時空において、社会メンバーの通常の上下関係が一時的になくなる状態。
p233
<…女性修練者は、頂上に男性を残した状態で、ヒエラルキーの底と真中を占める。「底」と「真中」の間、すなわち、それぞれの社中を形成する女性の生徒と先生の間には、上下関係だけでなく、水平関係または「コミュニタス」が存在する。・・・・・・

<そしてこのコミュニタスの中で、それぞれの女性は、自分にとっても他の女性にとっても、自身の身体こそ、社会の中のある空間を占めることのできるほとんど唯一の所有物、何でも自由に書き込むことができるほとんど唯一の場所だということを知っている。それゆえ女性たちは、自分の身体から始める。彼女たちは「作法」と「勉強」を自分の身体に書き込み、また<お茶>の教授を通してそれらを他の女性の身体にも伝える。あるいは歴史的名所での茶会で、亭主として客として、かわりばんこに互いの身体にまなざしを注ぐ。そうすることで彼女たちは、社会の中で、もっぱら自分たちのための共有空間を広げていく。

http://d.hatena.ne.jp/towerofthesun/20070911 より引用
<てっきり私もお茶とはそういうものだと考えていて、お茶を糸口にいろいろと「日本文化」に触れることができるだろうと思っていたのだが、筆者によれば実はこうした見方は、戦後になって裏千家の十五代家元千宗室が積極的に言及するようになって以来のものだという。
 高度経済成長期、「総合文化」言説は、西洋型の経済活動や産業化へのアンチテーゼとして、特別な魅力を持って響いたことと思われる。一九六九年の新聞記事で、一五代・宗室(当時宗興)は、茶道が「総合的な文化の体系」であると述べた後、こう続けている。「海外でも機械文明、物質文明に圧迫を感ずる今日、自分を見直そうとするひとときの憩いの場を、静かにたぎる釜の音に託そうとするのも不思議なことではありません」。
まあ考えてみれば、昔の人が昔の環境でやっていたことだから、伝統文化があちらこちらに見られて当然といえば当然なのだ。
この「お茶は総合文化」という考え方はその後あらゆる流派が採り入れるようになってきたが、多に先んじたのが奏功したのか、戦前は表千家や大日本茶道学会に準じていた裏千家の生徒数も、現在では本書によれば全茶道修練者の6割が裏千家、2割が表千家、残り2割がその他の流派と言われるまでになっている。
先日読んだ『冠婚葬祭のひみつ』ではないが、古くて伝統的に思える考え方も、実際には戦後に何らかの意図を持って創作されたものである場合が多いという、これもその一例でないだろうか。>

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by kogure613 | 2014-08-23 22:10 | こぐれ日録 | Trackback | Comments(0)

こぐれのぶお・小暮宣雄 写真は春江おばあちゃんと・サボテンの花嬉しく 


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