相米慎二『お引越し』
2014年 09月 30日
2014/9/30(火)
帰って、前少し見ていた民放BSのテレビ録画『お引越し』(相米慎二監督、1993年、124分)を観る。
少しコメディぽいものかと、見だしたが、どんどん、真剣に見つめていった。間にCMが入ると飛ばすのだが、そのCM画像とのスピードの違いがまた興味深かった。
『舞妓はレディ』でも田畑智子が生粋の京都弁を話していて、印象に残っている。彼女が小6か中1のときの作品。子役としてすごいなあと本当に思う。主人公ウルシバレンコの父母(別居して離婚へと向かう)に、中井貴一と桜田淳子。京都弁は難しかっただろうなあ、特に秋田出身の桜田淳子さんには。彼女がレンコと森のくまさんを歌ったりすると、どうして、統一教会なんかに入ってしまったのかなあとすこし悲しくなる。
相米慎二監督はあまりよく知らない。ぼんやり、川島雄三監督的なスプラッタなども出来る人だったのかもなあとか、ラストシーンとかで思ったりするぐらい。観た記憶がある映画も、セーラー服と機関銃、台風クラブ、東京上空いらっしゃいませ、このあたりだけかも知れない。
相米慎二監督の作品
翔んだカップル(1980年)、セーラー服と機関銃(1981年)、ションベン・ライダー(1983年)、魚影の群れ(1983年)、台風クラブ(1985年)、ラブホテル(1985年)、雪の断章 情熱(1985年)、光る女(1987年)、東京上空いらっしゃいませ(1990年)、お引越し(1993年)、夏の庭 The Friends(1994年)、あ、春(1998年)、風花(2001年)。
1限目の行政学。57名の出席(登録は74名で確定)。
受講生は昔よりもずいぶん増えたし、現代マネジメント学科がかなり公共経営的な部分にも力を入れてきている(1回生からだが上回生にもそれが伝わるのかも)なという感じもあるし、経営学の歴史とオーバーラップするところなので、反応がいい。
卒業生(九州に戻ってから、より真剣に芸術に向き合っているという、卒論が「料理は芸術か」を描いたゼミ生)からの質問が興味深いので応答してみる(スマホで、帰りの電車の中で入力したので大変だったw)
1の問い
「アートマネージャー」とは、どこに居るんですか?いや、聞き方が分からないのですが、どこに属し、どこから給与を貰い、どうやって生計を立てているのですか?
1の応答
属している所を答えるのが一番分かり易いかも。
先ずは、芸術団。実演芸術は交響楽団やバレエ団、劇団を思い浮かべることができ、視覚芸術の映画なら映画製作会社、美術工芸デザインは日展事務局もあるがデザイン会社とか。
次に芸術場。ホールや劇場、美術館やギャラリー、ライブハウス、クラブ、歌舞伎小屋、能楽堂や寄席などなど。
最後に芸術援(サービスオーガニゼイション)のNPOなどの団体。これには芸団協から始まって何とか文化財団とかあります。
2の問い
そもそも「アートマネージャー」っていう職業ですか?立場ですかね?
「アートマネージャー養成講座」という言葉をたまに見ますが、それになるには資格が要るのですか?
2の応答
正式の資格はありませんが、経験を具体的に言えれば、応募資格になることも多いですね。
アーツマネージャー、僕の用語では芸営者はサークル活動ならアマチュアであってもいいですが、社会的な批評をうけいれていくことを目指すなら職業であり、社会が認めるようになれば、自他共にプロフェッショナルの芸営者ということになるのです。
問いからは少し離れますが、芸営者と芸術家と鑑賞者の関係図を思い浮かべ、芸営者の職業としての必要性を社会に伝えるためには、ギャラリストや学芸員、オーケストラ事務局を挙げるだけではなく、学校や病院との類推も有効でしょう。
つまり、病院には、医者や看護師、レントゲン技師らが患者さんに向かい合い、その円滑化のために病院事務局員さんたちがいるという図式です。
by kogure613
| 2014-09-30 22:15
| こぐれ日録
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