ジョン・アヴネット『フライド・グリーン・トマト』、『フルシチョフ アメリカを行く』
2015年 02月 16日
2015/2/16(月)
たぶん、このあたりの数日が一番のんびりできる時かなと思いつつ、お昼に龍谷大学深草キャンパスへ。
京阪深草駅から降りるとカタカナの町名があって、このあたりは多いのだそうだ。深草ススハキ町。ほかにも、ヲカヤ町、キトロ町、ケナサ町、フケノ内町、梅津のフケノ川町・・・
帰って、『フルシチョフ アメリカを行く|BS世界のドキュメンタリー|NHK』を観た。 http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/150211.html より
<1959年秋、冷戦の最中にソビエト連邦首相のニキータ・フルシチョフがアメリカを公式訪問。ソビエトはアメリカ国民から敵視され、フルシチョフは当初全く歓迎されなかった。しかし、持ち前のウィットと率直に感情を表現する人柄はアメリカ人を虜にし、わずか2週間の間にフルシチョフはメディアの寵児となっていく。アメリカ側とソビエト側、両方で記録された実際の映像を使い、アメリカに一大旋風を巻き起こしたフルシチョフの公式訪問の全容を描く。フルシチョフを招待した米国政府の目的は、アメリカ社会の豊かさや最先端の技術を見せつけること。一方、ワシントンに降り立ったフルシチョフの戦略は、共産主義が冷酷なものではなく、「人間味あるもの」であることを示し、ソビエトの強さを印象づけることだった。報道の裏では両者の思惑が絡み合い、外交上の駆け引きが行われていた。
【インパクトメディア 歴史アーカイブス賞】
原題:Khurushchev does America
制作:ARTE FRANCE / POINT DU JOUR / SUNDIAL ENTERTAINMENT
/ ROBERT STONE PRODUCTIONS (フランス 2013年)>
そのあと、ジョン・アヴネット監督『フライド・グリーン・トマト』(1991年、130分)を観る。
主婦、エヴリン・カウチ(キャシー・ベイツ)に、老人ホームにいたニニー・スレッドグッド(ジェシカ・タンディ)が語る昔の物語。2つの時間が交互に流れる。
昔の南部の話は、イジー・スレッドグッド(メアリー・スチュアート・マスターソン)とルース・ジェイミソン(メアリー=ルイーズ・パーカー)との友情と闘いについて。
http://blog.goo.ne.jp/takamura_touko/e/541f78c3f7b4f8ec4e30d8a47f3a89ba より引用
<おいしい料理を作り、テーブルを飾り、綺麗におしゃれをする妻。(偉い!)
そんな愛妻の待つ我が家にいそいそと帰宅したかと思いきや、ビール片手に料理もそっちのけでスポーツ番組に夢中の夫―冒頭で絵に描いたような倦怠期にある夫婦が登場する。
夫との間に溝を感じ始めた更年期の主婦エヴリン・カウチ(キャシー・ベイツ)。
このエヴリン、妻に無関心な夫について誰に愚痴をこぼすわけでもなく、様々な講座に通って自分磨きをするというまことに感心な主婦なのだが、世の中の大半の夫がそうであるように、この夫もそんな妻の努力を気にも留めない。
そんなエヴリンの心の淀みに新しい風を吹き込んだのが老人ホームに暮らす女性
ニニー・スレッドグッド(ジェシカ・タンディ)だ。彼女は友人が寂しくならないように、一緒に老人ホームに入所していた。二人の出会いは最初はぎこちないものだった。
夫に従ってホームにおばを訪ねたものの、ものの見事にお土産の品々を投げ返される。
あとを夫に任せ、しょんぼりとロビーのソファーに腰を下ろすと、それが手放せないのか、チョコレート・バーをかじり始めるエヴリン。そこへニニーがまったく無邪気な様子で陽気に話し掛けてくるのだ。ここでのテンションのズレが面白い。ニニーは昔語りを始めるのだが、いつしかエヴリンは彼女の話に惹きこまれていく。
ニニーの話の主人公は、アラバマの二人の対照的な女性だ。一人はイジー・スレッドグッド(メアリー・スチュアート・マスターソン)といい、歳の離れた兄バディを慕い、男の子のすることばかりしていた女の子。
もう一人はバディの恋人ルース(メアリー・ルイーズ・パーカー)。お転婆なイジーとは違い、ルースはしとやかなレディーだった。いずれは結婚するかに見えたバディとルースだったが、ある日バディはルースの麦藁帽子を拾うために線路に降りて、不運にも汽車にはねられて死んでしまう。二人の目の前で起きた惨事だった。
この事故以来、イジーは心を閉ざしてしまうのだが、数年後、ルースの結婚した相手フランクが暴力亭主であることがわかり、イジーは使用人たちに手伝ってもらい、身重のルースを自分の実家に連れ帰る。
このときからイジーはバディに代わってルースを護ろうと決意したように見える。
妻に暴力をふるうという最低な夫はいつの時代にもいたのであろうが、女性が普通に自活できるような時代ではなかった当時は、夫にいくら殴られてもじっと耐え忍ぶしかなかったであろう。
それに、例え自活できる才覚や場があったとしても、自分でお金を稼ぐような女性を世間は堅気とは見なさない時代であった。
だが、イジーとルースは生きていくため、「ホイッスル・ストップ・カフェ」という食堂を始めるのだ。それはまた、バディの悲劇やフランクの恐怖を克服することにもなったかもしれない。
そこの名物料理がこの映画の題名でもある「フライド・グリーン・トマト」である。>
by kogure613
| 2015-02-16 22:28
| こぐれ日録
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