新海誠『星を追う子ども』 広井良典『ポスト資本主義―科学・人間・社会の未来』
2016年 10月 31日
2016/10/31(月)
読み終わった新書。広井良典『ポスト資本主義―科学・人間・社会の未来』(岩波新書、2015年)。
p214
経済格差、過労死、社会的孤立、自殺者、不十分な「人生前半の社会保障」、国の借金等々のマイナスな日本、<それらの根本的な背景として、日本においては高度成長期の“成功体験”が鮮烈であったため、「経済成長がすべての問題を解決してくれる」という発想から抜け出せず、人と人との関係性や労働のあり方、東京―地方の関係、税や公共性への意識、ひいては国際関係(「アメリカ―日本―アジア」という序列意識など)等々、あらゆる面において旧来型のモデルと世界観を引きずっているという点が挙げられるだろう。「アベノミクス」はそうした残渣の(ある意味で最後)の象徴ではないだろうか。>
3回生ゼミには3名のダンス部の学生がいる。
卒研へのいざないのために、弘前でのストリートダンスの盛り上がりのNHKドキュメントを見せると予想以上の反応があった。
にっぽん紀行「人生輝く ダンスの街~青森 弘前~」
http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/1934/2110193/
新海誠『君が名は。』に変更したいという3回生。いいんじゃない、と前の作品『言の葉の庭』を貸す。
たまたま、個人研究費で『星を追う子ども』が届いていて、4回生ゼミの終わりに初めのところを一緒に観る。後の教室のシーンのモリサキ先生の声が前のシーンの最後から聞こえ、この声は教室のシーンの後少女アスナが移動するシーンにもすこし続く。かなり強い意識を感じさせる「サウンドブリッジ」なので、映画の音楽についてを卒論にするゼミ生に特にそれを強調して説明しておく。
帰って、この新海誠原作脚本監督の『星を追う子ども』(2011年、116分)を最後まで観る。静かな部分と闘いのシーンの対比が結構極端。



