藤木久志 『雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り』 確定申告書類作り

2018/2/14(水)

ウインタースポーツは余り観ないが、カーリングだけは別。男性はまだ観られていないが、女性カーリングの初戦は観られた。録画して少し早送りしつつ。


読み出した本。『雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り』、実証的だが衝撃的。

日本人は昔から優しいとか大人しい、礼儀正しいとか言ってられないよねえ。近代の戦争でも中世の戦場でも。

藤木久志 『雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り』 (朝日新聞出版、2005)

<飢餓と戦争があいついだ日本の戦国時代、英雄たちの戦場は、人と物の掠奪で満ちていた。戦場に繰り広げられる、雑兵たちの奴隷狩り。まともに耕しても食えない人々にとって、戦場は数すくない稼ぎ場だった。口減らしの戦争、掠奪に立ち向かう戦場の村の必死の営み。やがて、天下統一によって戦場が閉ざされると、人々はアジアの戦場へ、城郭都市の普請場へ、ゴールド・ラッシュの現場へ殺到した。「雑兵たちの戦場」に立つと、意外な戦国社会像が見えてくる。>

http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/read007.htm より

<島津方の日記・覚書・軍紀には、戦闘に伴う人の生捕りや牛馬の略奪や田畠の作荒しといった行為が多数記載されている。中には、「人を取ること四百人余り」というものもあり、これなどは単なる戦争捕虜ではなさそうである。島津氏と隣接した肥後南部の大名である相良氏の年代記には、「いけ取り惣じて二千人に及ぶ」とあり、島津氏の事例は決して特殊なものではなく、誇張もあるだろうとはいえ、各地の史料からは、戦国時代における大量の人取りが決して珍しくはなく、また容認されていたことが分かる。

 では、こうして連行された人々はその後どうなったのだろううか。わざわざ生捕りをするわけだから、勿論殺害するということはなく、下人や奉公人として働かせることになるのだが、親族のいる者は、身代金の支払いで在所に連れ戻されるということもあった。戦場にはこうした生捕りの人々を目当てとした商人とも盗賊・海賊とも言えるような人々がいて、仲介手数料を取ったり売買したりして利益を得ていた。また、ポルトガルなど「外国」商人により、生捕られた人々が海外へと奴隷または傭兵として売られていくことも珍しくはなかった。こうした「日本国内」の習俗は、朝鮮役の際には朝鮮にも持ち出され、多数の朝鮮住民が生捕りとなり、日本のみならず東・東南アジア各地に売られていった。>

確定申告のための一日。

去年よりもいっぱい税金を払うことができていて(笑)。

生命保険を切り替えたら、ちょっと損になってしまった。書き損じで市役所に。

源泉徴収票を探したり、準備はしていたので、まずまず。

夕方終わったので、二人でフライをあげる。

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by kogure613 | 2018-02-14 22:41 | Trackback | Comments(0)

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