鈴木勇一郎『おみやげと鉄道 名物で語る日本近代史』 逢坂剛『暗い国境線』

2018/2/21(水)
読み終わった小説。後方勤務要員養成所(のちの陸軍中野学校)出身のスパイだって、主人公になるとかっこいい。これが不思議なマジックじゃいな。
逢坂剛『暗い国境線』上下、2008年、講談社文庫、2005年単行本。
英国将校の死体が身につけた“機密文書”の真偽を探れ!
無条件降伏を突きつけられたドイツ。ヒトラー最後の望みは、地中海沿岸に上陸する連合軍の返り討ちのみ。その目標はシシリー島、サルディニア島、それともギリシアか?枢軸国と連合国、史上最大の欺瞞工作が始まった。
愛と諜報の壮大なドラマ!
著者渾身のイベリア・シリーズ第4弾!
「わたしは、情報員である前に人間でありたい」第二次世界大戦下のスペイン・マドリードで、敵同士ながらも愛し合う北都昭平とヴァジニア。そして2人をつけ回すゲシュタポ将校ハンセン兄弟の魔の手。北都への想いと連合国への忠誠の狭間で、身を引き裂かれるヴァジニア。2人はその愛を全う出来るのか――>

校務の合間に、読んでいる本、『おみやげと鉄道 名物で語る日本近代史』がとても面白いので、メモを作っている。
その一部をアップ(研究室のパソコンがもうすぐ代わることもあり、念のためでもある)

鈴木勇一郎『おみやげと鉄道 名物で語る日本近代史』2013年、講談社

アマゾンから

<日本各地の駅を訪れると、饅頭や羊羹、弁当などの食品が、その土地の名物として売られている。私たちにとって当たり前のこの光景は、実は他の国ではほとんど見られない(ロンドンのターミナルで「ビッグベン当」のようなものは見あたらない)。この類い稀なる「おみやげ」という存在は、鉄道を筆頭とする「近代の装置」が、日本の歴史、文化と相互作用して生まれたものだった。近代おみやげの誕生と発展のありさまを描き出す、本格的歴史研究。>

コラム別に読む : おみやげと鉄道 名物で語る日本近代史 鈴木勇一郎さん - 上原佳久 | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイトhttp://book.asahi.com/reviews/column/2013031900007.html より引用

<ロンドンで、だじゃれを思いついた。「ビッグベンなのに、なぜ『ビッグ弁当』を売らないのかと。そうしたら、日本と違って、人に配るような食べ物のおみやげも見当たらないことに気づきました」。日本独特のおみやげ文化から、近代史を読み解く研究のきっかけになった。
 日本のおみやげは元々、寺社に参拝した人が供え物を買って帰ったのがはじまりと言われる。近代に登場した鉄道が、現代につながるおみやげ文化を生み出したという。例えば、安倍川餅。江戸時代から東海道の旅人が茶屋で食べた名物は、東海道線(1889年に全通)の静岡駅で販売されることで全国に知られていった。「おみやげ」の誕生だ。
 岡山の吉備団子が有名になったのは、日清戦争がきっかけ。出兵の拠点だった広島へと、全国から鉄道で集まる兵士たちに売り込んだ。
 「鉄道や軍隊など、『近代の装置』をしたたかに利用して広がっていったのがおみやげです」
 小規模な業者が多いこともあり、史料は残りにくい。立教大学で大学史を研究する本業のかたわら、6年かけて全国の郷土資料館などを訪ね歩き、「文献を1行ずつ拾い集めた。47都道府県を3周しました」。
 中でも心ひかれたのは、北海道の根室線池田駅で1905年から売られる「バナナ饅頭(まんじゅう)」。当時バナナは、日本統治下の台湾から入って来るようになったばかりで、高嶺(たかね)の花。せめて気分だけでも、と形を似せた饅頭だ。「領土を拡大する帝国日本の北端と南端が交差した一品です」>

鈴木勇一郎・・・1972年和歌山県生まれ。立教大学立教学園史史料センター学術調査員。日本近代史、日本都市史

序章 おみやげの起源とおみやげ文化

欧米は、旅の記念、旅行体験を思い出す、よすがとなるもの「スーベニア」・・・非食品

東アジア・・・食品のお土産あり

日本・・・食品みやげに、歴史に由緒づけたような名物が特徴

お土産研究・・神崎宣武・・・饅頭など食物のおみやげの多くは近代以降

加原菜穂子・・「日清戦争などを通じてきびだんごが桃太郎伝説と結びついていく」17

おみやげの起源

宮笥(みやけ)説・・神社に参るときに持っていく「笥」という供物を入れる器の意から。神仏に供物を捧げる⇒直会(なおらい、神前で酒食を供にする)⇒「おかげ」あり⇒その報告のために酒盃などを持ち帰る・・・神々の「おかげ」を分かち合うこと

屯倉(みやけ)説・・・都に運んだ地方の産物の収納の場所・・・献上品、もてなし

名物・・・「風土、歴史、材料などでその土地の特質を表す物産」p21

例:東海道草津宿「姥が餅」・・・信長に滅ぼされた佐々木義賢(よしかた)の曾孫の姥が草津で餅を売る

静岡の安倍川餅・・・家康由来・・・餅から求肥(ぎゅうひ)へ代わって鉄道駅で売ることができるようになる

吉備団子と黍団子は直接の関係はない 桃太郎伝説が岡山ということでもない。日清戦争でそれが繋がった

広栄堂の主人は、日清戦争の戦場から帰還してきた兵士たちを桃太郎になぞらえ、吉備団子を宣伝。

八つ橋・・明治30年代前半に改良・・・日清・日露戦争では、慰問品に

五色豆・・明治初期に今出川にいた清水三郎兵衛

     博覧会、共進会への出品、鉄道構内販売、陸軍への納入

政岡豆・・仙台、いまはない 明治41年創製 「先代萩」の「政岡まま炊き」の場面の印刷

鳩サブレー・・豊島屋、鎌倉 大正10

赤福・・・幕末には伊勢名物の一つに

     明治38年、天皇の伊勢参拝に赤福が届けられる 皇室ブランド

     修学旅行のみやげ  

戦前までは、赤福は保存できないので、生姜糖の方がおみやげになっていた

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日本旅行の元・・・草津駅構内販売業者南洋軒(初代南新助)・・・明治22年に営業権取得 

姥が餅など販売 明治38年旅行斡旋業にも進出:高野山参詣団と伊勢神宮参拝団

地域限定菓子のはじまり・・・平成61994)年北海道限定発売 ジャイアントポッキー夕張メロン

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by kogure613 | 2018-02-21 22:58 | こぐれ日録 | Trackback | Comments(0)

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