松田青子『英子の森』 阿久根知昭『はなちゃんのみそ汁』 マイケル・カーティス『ミルドレッド・ピアース』

2018/7/9(月)

松田青子『英子の森』河出文庫、2017年、2014年単行本。

あんまりこういう小説を読んだことがないなあと思いつつ、表題作(「英子の森」、アラサーとかアラフォーとかの勉強できる女性とその母親がどうしてその固定観念から抜け出すかという冒険物語)のあと、短編も楽しむ。

「博士と助手」とか、演劇的かもなあと思って調べると、なんとヨーロッパ企画の松田暢子(本名)さんの筆名だった。驚き。MONOの「床下のほらふき男」「なるべく派手な服を着る」できれいな若い女優さんとして認識していたなあ・・・

映画を2つ。

最初のは、途中まで見ていた。続きを観る。子役がかわいい。

結婚式ではじまり、お葬式で終わる。そのあとの様子も少し。

阿久根知昭『はなちゃんのみそ汁』118分、2015年、東京テアトル。

原作 安武信吾・千恵・はな

出演者 広末涼子 滝藤賢一 赤松えみな 一青窈

音楽 石橋序佳

主題歌 一青窈「満点星」

<がんに侵され余命わずかな母親が幼い娘にみそ汁作りを通して愛情と生きる力を伝える、ドラマ化もされたエッセイを映画化。がん闘病に焦点を絞るのではなく、病と向き合う家族がそれぞれの生き方や家族のあり方を見つめながら、成長していくさまを描く。メガホンを取るのは、『ペコロスの母に会いに行く』の脚本を手掛けた阿久根知昭。がんを患った母親に広末涼子、夫に滝藤賢一がふんするほか、歌手の一青窈が共演。>


これは1945年、日本と違いアメリカはこういう平時と変わらない映画を作っていたんだなあとかも思いつつ、ジョーン・クロフォードという中年に差し掛かった女優さんの存在感に圧倒される。

マイケル・カーティス『ミルドレッド・ピアース』1945年、111分、ワーナー・ブラザーズ。

ジョーン・クロフォード  ジャック・カーソン  ザカリー・スコット

https://eiga.com/extra/shibayamatv/40/

<画調はフィルム・ノワールだが、サスペンスを主眼に構築された犯罪映画ではない。
 話はソープ・オペラだが、影を生かしたハイコントラストの映像は表現主義を思わせる。
 「ミルドレッド・ピアース」は奇妙な映画だ。フィルム・ノワールとソープ・オペラが、なんとも不思議なバランスで混じり合っている。この映画はさまざまな面で風変わりだ。
 語りのペース、登場人物の性格設定、機関銃のような早口の台詞、さらには映像のタッチ。どこをとっても奇異な感じがする。なにかが行きすぎで、どこかがいびつで、俳優もキャメラマンも監督も、なぜか全員が、力を合わせて映画を発狂させようとしている。
 主人公のミルドレッド(ジョーン・クロフォード)は、ふたりの娘を持つ平凡な中年の主婦だった。その人生が、夫の家出によって変わる。彼女は懸命に働く。娘を溺愛し、男たちに出会い、仕事も成功する。が、先ほども述べたとおり、彼女の人生はまともに機能しない。最大の原因は、すべてを破壊するわがままな長女ビーダの存在だ。
 いや、ビーダだけではない。個々の紹介は省くが、この映画の登場人物は、大半が常識とユーモア感覚を持ち合わせない人格劣等な馬鹿者である。そもそも主人公ミルドレッドにしてからが、勤勉という美点こそあれ、母親に必要な資質が完全に欠けている。
 そんな人々が、肥大したエゴを隠そうともせずにぶつかり合ったらどうなるか。冒頭の殺人事件が過去の回想によって解明されていく手法はありきたりだが、その背後には、物質万能主義やフェミニズムがやみくもに台頭していった1940年代アメリカの黒い影が広がる。中年を迎えたジョーン・クロフォードは、そんな影をドレスのように着こなす。この映画を面白く発狂させた原動力は、やはり彼女以外に考えられない。>

a0034066_09235521.jpg

a0034066_09235514.jpg



トラックバックURL : https://kogure.exblog.jp/tb/238647397
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by kogure613 | 2018-07-09 22:30 | こぐれ日録 | Trackback | Comments(0)

こぐれのぶお・小暮宣雄 写真は春江おばあちゃんと・サボテンの花嬉しく 


by kogurenob