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杉江敏男『サラリーマン忠臣蔵』 『義経千本桜』木の実・小金吾討死・すし屋 録画で楽しむ 片岡仁左衛門さんの子供が片岡孝太郎、その子供が片岡千之助

2019/1/6(日)

のんびり。録画。将棋も面白い戦いだった。玉が右往左往。


夜観た娯楽映画。

皇室接待が米国接待になっている。

杉江敏男『サラリーマン忠臣蔵』1960年、100分、東宝。

<「東宝サラリーマン映画100本記念作品」と銘打って作られた作品で、題名に「社長」の名は入っていないが、『社長シリーズ』の1本である(第8作)。しかしストーリーの展開上、本作では森繁は専務、加東大介は部長、小林桂樹は社長運転手と、いつもの設定とは異なっており、またこの時期小林の恋人役だった司葉子は、小林の妹役で登場する。

本作は「仮名手本忠臣蔵」をモチーフにしており、「刃傷松の廊下」のシーンをロビー内で起こる暴力事件で行うなど、様々な所に「忠臣蔵」のパロディがある。またストーリーの関係上、正続で1本の話となっているが、これは第1作の『へそくり社長』正続(1956年。監督:千葉泰樹)以来のことである。

大石良雄(主人公。「赤穂産業」専務):森繁久彌

寺岡平太郎(「赤穂産業」運転手):小林桂樹

小野寺十三郎(「赤穂産業」部長):加東大介

寺岡軽子(平太郎の妹。「赤穂産業」OL):司葉子

早野勘平(「赤穂産業」社長秘書):宝田明

大野定五郎(久兵衛の息子。「赤穂産業」新入社員):三橋達也

大野小奈美(定五郎の妹。力のフィアンセ):団令子

芸者加代治(吉良贔屓の芸者):新珠三千代

才子(バー「祇園」マダム):草笛光子

大石力(良雄の息子):夏木陽介

堀部安子(「赤穂産業」エレベーターガール):中島そのみ

吉良剛之介(「丸菱銀行」頭取「赤穂産業」新社長):東野英治郎

大野久兵衛(「赤穂産業」常務):有島一郎

伴内耕一(「丸菱銀行」時代からの吉良の秘書):山茶花究

足利直義(「丸菱財閥」会長):柳永二郎

そば屋の親爺:柳家金語楼

角川本蔵(「若狭金属」専務):志村喬

磯貝十郎(「赤穂産業」社員):江原達怡

赤垣源造(同上):藤木悠

竹林唯七(同上):八波むと志

アンリ・リシャール(「アーマン商会」バイヤー):ジョージ・ルイカー

岡野欣哉(「赤穂産業」社員):児玉清

倉橋傳介:沢村いき雄

大石律子(良雄の妻):久慈あさみ

浅野卓也(「赤穂産業」社長):池部良

桃井和雄(「若狭金属」社長。浅野の友人):三船敏郎>



南座発祥四百年 南座新開場記念白井松次郎大谷竹次郎追善 吉例顔見世興行『義経千本桜』木の実・小金吾討死・すし屋

片岡仁左衛門さんの子供が片岡孝太郎、その子供が片岡千之助。なかなかに見栄えがいい。

浄瑠璃を文楽で聴いたばっかりなので、どこか近くどこか違う。交わったりはしないのかなあ・・

いがみの権太片岡仁左衛門、

鮓屋弥左衛門市川左團次、

権太女房小せん片岡秀太郎、

若葉の内侍片岡孝太郎、

主馬小金吾武里片岡千之助、

猪熊大之進片岡松之助、

浄瑠璃(竹本)竹本司太夫、三味線(竹本)鶴澤公彦

【出演】十五代目片岡仁左衛門,中村梅玉,市川左團次,片岡秀太郎,中村時蔵,中村扇雀,片岡孝太郎,上村吉弥,片岡千之助,片岡松之助,片岡當十郎,片岡仁三郎,中村橋吾,市川蔦之助,中村梅丸,中村鴈大,片岡松四朗,片岡松太朗,中村梅寿,片岡千藏,中村翫哉,中村扇十郎,中村翫蔵,中村橋三郎,中村橋光,中村芝晶,片岡愛治郎,市川右左次,市川右田六,坂東彌風,坂東彌紋,市川段一郎,片岡當次郎,片岡佑次郎,中村獅一,中村富彦,中村芝歌蔵,中村梅秋,河原田俊斗,山之内亮,中村光蝶,竹本谷太夫,竹本六太夫,竹本司太夫,鶴澤宏太郎,鶴澤慎治,鶴澤公彦,芳村伊千四郎,柏庄六,鳥羽屋長秀,芳村翔太郎,杵屋寿典,杵屋栄十郎,杵屋五三吉次,杵屋栄吉郎,田中長十郎,田中傳吉,田中佐次郎,田中傳四郎,四世 中村壽鶴,望月太喜之助,山崎徹,竹柴聡,池田花押,石井清,岡村康幸,

楽曲 「歌舞伎義経千本桜 ~木の実・小金吾討死~

二代竹田出雲 三好松洛 並木千柳(合作):作詞

、ほか(50分00秒)~H30年12月13日京都四條南座~

「歌舞伎義経千本桜 ~すし屋~

二代竹田出雲 三好松洛 並木千柳(合作):作詞

いがみの権太片岡 仁左衛門、梶原平三景時中村 梅玉、鮓屋弥左衛門市川 左團次、権太女房小せん片岡 秀太郎、弥助、実は三位中将維盛中村 時蔵、娘お里中村 扇雀、若葉の内侍片岡 孝太郎、弥左衛門女房お米上村 吉弥、浄瑠璃(竹本、出語り)竹本 谷太夫、三味線(竹本、出弾き)鶴澤 慎治、浄瑠璃(竹本、出語り)竹本 六太夫、三味線(竹本、出弾き)鶴澤 宏太郎、ほか(1時間31分35秒)~H30年12月13日京都四條南座~

 詳細南座での「顔見世」は京都の冬の風物詩でもある。耐震改修による南座の休館を経てこの秋装いも新たに開場、約3年ぶりに本拠地での公演となった。今回は、大作『義経千本桜 木の実・小金吾討死・すし屋』で東西の名優たちが繰り広げる華やかな舞台を全編ご紹介する。この演目は、片岡仁左衛門・孝太郎・千之助の親子孫三代が初めて南座に顔を揃えたことでも話題を呼んだ。

(参考)

https://blog.goo.ne.jp/yokikotokiku/e/26d60ad95c44eac91fd86da4355c428e

<義経千本桜(よしつね せんぼんざくら)」という長いお芝居の三段目の前半部分です。
「千本桜」全体の説明は=こちら=にあります。
源平の戦の終わった直後の「源義経(みなもとの よしつね)」と、負けた平家方の武将たちの人間模様を描いたものです。ところで、この前の段=渡海屋==大物浦=までは一応義経さまが出てくるのですが、この段は、義経も弁慶も出てきません。何の予備知識もなくこの段だけ見たら、一体何のものがたりか、まったくわからないだろうと思います。
滅びた平家の残党の物語です。平家の中でも、清盛の長男(嫡子ではない)で、小松殿と呼ばれた「平重盛(たいらのしげもり)」だけはマトモな人で人望もあったのですが(「平家物語」内設定)、源平の戦が始まる前に死にます。
その「重盛」の息子の「平維盛(たいらの これもり)」が、この物語の軸になります。
「平家物語」では「維盛」は、平家都落ちのあと将来の展望のなさがイヤになったらしく、平家の陣営を抜け出して熊野で出家、その後入水(じゅすい)して果てています。
このお芝居では維盛さまは生きています。
「木の実(このみ)」
というわけで、この幕では、維盛の奥さんである「若葉の内侍(わかばの ないし)」と、幼い息子の「六代君(ろくだいぎみ)」とが、維盛を探して高野山へと向かっています。
お供としてふたりを守るのは、まだ若い前髪姿(元服前)の侍、「主馬の小金吾(しゅめのこきんご)」です。
元服前とはいえ、後半で「大前髪(前髪姿でも、殆ど大人の年齢のもの)」という言葉が出てきますし、額を四角く剃り落とした、いわゆる「角前髪(すみまえがみ)」ですので、
年齢的には189と思っていいと思います。
時代設定でいうと平安風俗のはずですが、この段は完全に江戸時代の風俗です。吉野参りににぎわう、街道の茶屋の前が舞台です。
茶屋を仕切っているのは若いおかみさんの「おせん」さんです。六代君と同じ年頃の息子がいます。「善太(ぜんた)」くんといいます。長旅の疲れで若葉の内侍が癪(しゃく)をおこします。「癪(しゃく)」というのは胃痙攣の一種のようです。すごくお腹が痛むのですが、しばらくするとおさまります。昔は冷えやストレスや、おそらく貧血などの理由で、これに悩まされる女性が多かったのです。茶屋のおせんさんに、同じ子供を持つもののよしみで、とお願いして、近くに薬屋があるというので買いに行ってもらいます。その間はお客さんの若葉の内侍が留守番です。いい時代です。
そこに旅人がやってきます。気さくな男で、六代君が椎の木の実を拾って遊んでいるのを見て、木に石をぶつけて実を落としてくれます。よろこぶ一行です。と、その隙に男は荷物をこっそり取り替えて持って行ってしまいます。荷物を開いてみてあわてる一行。しかし、そこにすぐに男は戻ってきて「間違えました」と言って荷物を返してくれます。
しかし、男は、「俺の荷物に入っていた金がない」と騒ぎ出します。今もある詐欺の手口です。どんな事情であってもヒトの荷物をうっかり開けてはいけません。
結局、「取っていない」という証明は難しい上に、一行は人目を忍ぶ身です。事を荒立てたくないので、泣く泣く二十両渡します。桐の刻印が打ってある、朝廷発行のお金です。
はじめからワケありで小金を持っていそうな一行に男は目をつけていたのです。悔しがりながら一行は退場します。
男は旅人ではなく、「いがみの権太(ごんた)」という近在でも有名な悪党だったのでした。そしてこの男がこの部分の主人公です。
「いがみ」というのは「ゆがみ」の訛りです。「こころがゆがんだ悪党」みたいな意味です。「いがみ合いや喧嘩好きな」という意味ではないです。基本的には「ゆすりたかり」や、今のような「騙り(かたり、詐欺ですよ)」がメインのお仕事です。あとバクチ。
ところで、この茶屋のおせんさんは権太の奥さんなのです。
戻ってきたおせんさんは権太の様子を見て、また何かやったなと気づきます。おせんさんはいいヒトなので、権太に「悪いことするな」と意見します。しかし、権太がグレた原因はおせんさんなのです。おせんさんは昔は売色をしていたのです。遊郭でなく、素人売春宿みたいなところにいました。
はお金がないおうちだと、わりと気軽にいろいろこういうことがあったのです。
ここにいたおせんさんに入れあげた権太が、親の金を使い込んで勘当され、さらにおせんさんが妊娠したので売春宿から請け出さなくてはならなくなって、年貢米を盗みます。そのお金を返すのに、さらにバクチをやったのでますますお金がなくなって今のようになったんだから、全部オマエのせいだ。後半は明らかに自己責任です。
権太はさらに親を騙してお金を取りに行こうと考えています。おせんさんは息子の善太くんを使って、とりあえず阻止します。今日のところは仲良くおうちに帰ります。
一家で一緒にいるときは、やさしいいいお父さんです。こうやって昔も今もダメ男と離れられないのですね女はと思いますが、まあ置いておいて、街道沿いのひなびた雰囲気、仲むつまじい一家。作品中数少ない、心和む場面をゆったり楽しんでください。

「小金吾討死(こきんご うちじに)」
夜です。すでに若葉の内侍一行には鎌倉の「源頼朝(みなもとの よりとも)」の追っ手がかかっています。平家の残党は残らず殺すのです。女子供まで殺すことないじゃんと思うかもしれませんが、昔、平家は「平治の乱」の後、まだ幼かった義経さまと、その母親の常盤御前(ときわごぜん)を殺さずに見逃したのです。現に、生き延びたその義経のせいで滅びたじゃん平家!!さらに言うと頼朝に半端な情けをかけて生かしておいたから、平家は滅びたのです。生ぬるい!!というわけで、頼朝は、女も子供も容赦はしません。
ここは大きなストーリーはなく、母子を守る主馬の小金吾(しゅめの こきんご)の決死の立ち回りを見るところです。多勢に無勢ですが、追っ手は素人です。小金吾は幼いころから武術のたしなみがあります。その差は大きいです。
というのがうまく立ち回りの動きに生かされていると思います。これは坂東八重之助さんという、立ち回りの振り付けが上手いので有名な役者さん(役者さんとしては全然有名じゃない)が作った、いくつかの有名な立ち回りの中のひとつです。捕り縄を使ったダイナミックな動きが特徴です。様式美と、リアルな戦闘の緊張感がうまく融合しているのがこの人の殺陣の特徴です、楽しんでください。
ついに力尽きた小金吾。なんとか敵の手をのがれた若葉の内侍親子とめぐり合いますが、重傷なのでもう助かりません。
ふたりの行く末を案じて一生懸命「これからこうして、ああして」と言い置きます。まだ若い青年がここまでふたりの身を案ずる心に、泣けます。小金吾はたぶん代々重盛の家に仕えた侍なんでしょう。なので本当に小さいころから、若葉の内侍や六代君に仕えてめんどうを見てきたのだと思います。
だから責任感も思い入れも大きいのでしょう。
「がんばって、生きて、成人して、そのときわたくしの事をもし思い出したら、ささやかでいいので回向してくれればそれで充分」みたいなセリフがあって、本当に泣けます。
「もう死ぬ」と言ったらふたりが心配して動こうとしないので、しかたなく「まだ大丈夫。少し休んだら逃げるから、また会えるから」とウソを言ってふたりを逃がすところも泣けます。ふたりは逃げます。小金吾は力尽きて死にます。
ストーリーはここまでですが、ここで、村のひとたちが通りかかります。庄屋さんと、弥左衛門(やざえもん)さんと、あと何人かが出てきます。ここでさくっと後の幕に向けての状況説明をするのが本式ですが、今は弥左衛門さんだけしか出ないこともあります。「弥左衛門(やざえもん)」さんは近くの押し鮨屋さんの主人です。小金吾の死体に気付いて驚きますが、ふと思い直して、着物のすそをはしょって、落ちていた刀を手に取り、振りかぶります。ここで幕です。続きの幕をご覧いただくと、弥左衛門さんはここで小金吾の首を打ち落として持ち帰ったことがわかるのですが、首を切るときに、さっとこういう準備をして腰のはいった構えで振りかぶるというのは、そうとう手慣れています。ただの村の鮨屋のおやじにしては不自然なのです。細かく言うと、そういうところもちょっと「あれっ」と思わせる演出になっています。ところで、「平家物語」に、「維盛都落(これもりのみやこおち)」という場面があります(二巻のはじめのほう)。維盛が奥さん(「平家」では名前がない)と、息子の六代君に別れて都を出発する、非常に泣ける場面です。ここに「斉藤五(さいとうご」「斉藤六(さいとう ろく)」という代々の家来の兄弟が出て来ます。19歳と17歳です。維盛と一緒に行きたいと言ったのですが、母子のめんどうを見てくれ、と頼まれて泣く泣く留まります。この兄弟が小金吾のモデルであろうと思います。
チナミにこの兄弟の父親は、「斉藤別当実盛(さいとうのべっとう さねもり)」です。「実盛物語(さねもりものがたり)」の主人公です。まあただのイメージ上のモデルなのでじっさいは関係ありませんが。

・すし屋の場
舞台は吉野山のふもと、下市村にある「釣瓶鮨(つるべずし)」というすし屋さんの見世先です。すしは、江戸では「握りずし」が主流でしたが上方では「押し鮨」が普通です。こっちのほうがおすしの本来の形です。
もともとの「すし」は、桶にごはんと魚を入れて醗酵させて鮨にします。なので見世先には鮨を作るための手桶がいくつも並んでいます。お店では娘の「お里(おさと)」ちゃんが、母親と一緒に一生懸命働いています。いなかの村娘ですが素直なかわいい子です。お客さんがもうひとりの息子のウワサをします。勘当された「いがみの権太(ごんた)」です。前の=「木の実・小金吾討死」=に出てきた男です。
前のページにも書きましたが「いがみ」というのは「いがみ合うケンカする」みたいな暴力的な意味ではなく、「ゆがみ」という意味です。性格のゆがんだ悪党、というニュアンスで使っています。
それはそうと最近、このお店には新しい使用人が住み着きました。「弥助(やすけ)」と呼ばれる若い色男です。なかなか真面目に働きます。お里ちゃんはこの弥助にベタ惚れです。お父さんの「弥左衛門(やざえもん)」さんが、「今晩ふたりを結婚させる」と言ったので、お里ちゃんはおおろよこびです。お父さんと、お使いに行った弥助の帰りを待ちわびています。弥助が帰ってきます。じつは、この弥助が、問題の「平維盛(たいらのこれもり)」さまなのです。弥左衛門さんがこっそりかくまっているのです。
というわけで、鮨桶をたくさん担いだお仕事スタイルですが、弱々しさと、お里ちゃん以上の色気と、持って生まれた品のよさがあふれ出ていないといけない役です。
弥助は空の桶を回収して来たところなので担いでいる桶は空なのですが、力がないので空の桶すら重く、休みながら帰ってきます。入り口を入ったところですっかり疲れてふっとため息をつくところの風情がたいせつです。
もう女房気取りのお里ちゃんがあれこれ世話を焼きます。
結婚後の練習をしようと言い、「お里さま」と言わずに「これ、女房どものお里」と呼ぶ練習をさせたりして楽しいです。「女房ども」というのは、「女房」を複数形にしているのではなく、相手をちょっと見下して言うときに使う接尾語です。「○○ら」というのもあります。今は使用人の弥助ですが、結婚したら夫になるんだからもっといばって、ということです。ふたりがいいムードのところに、権太がやってきます。ちっジャマな。
ここで権太が何か紙に描いた絵を出して、弥助と見比べるシーンがありますが、わかりにくいので今カットかもしれません。権太が母ちゃんを呼べというので、ふたりは引っ込みます。
母親と権太との会話になります。お母さんは原作の文楽ではでは役名がないのですが。今は役名が付くかもしれません。勘当したのに、何で家に来るんだ。どうせ金の無心だろう、と警戒心丸出しの母親にたいして、権太は騙しのテクニックで応戦します。まず「死ななくてはならないのでお別れに来ました」と脅かします。つかみはオッケーです。セリフで「遠いところに行かねばなりまぬ」と言うのが、「死ぬ」という意味です。
泥棒にあって年貢の金を取られた。代官所のおとがめがあるだろうから、もう死ぬしかない。
年貢を未納しても牢には入りますが死罪にはならないでしょうから、いいかげんなでっち上げだと思いますが、母親はあっさりだまされてオロオロします。しかも、「死のうと覚悟を決めるとはりっぱなものだ」と何故か息子に感心します。ダメ親の典型です。昔も今も、ダメ男にダメ親ありです。
母親は夫に隠して持っていたヘソクリの三貫目をこっそり権太にやります。ヘソクリが入っている戸棚の鍵がかかっていて開かないのですが、権太がこじ開けます。盗人の技ですが「器用な子じゃのう」と喜ぶ母。ダメすぎです。現代人になじみが深いお金の単位は「両」ですが、「両」は金の単位です。「貫目」は銀の単位です。
正確にはどちらも貴金属としての重さを表示しています。一両は、67万円、一貫目は100万円くらいと思って間違いないかと思います。権太は前の幕で「若葉の内侍」から二十両をだまし取っています。これは130万円くらいになります。
いま権太が持っている額は130万円+3000万円くらいです。大金です。権太はさっさとお金を持って帰ろうとしたのですが、父親の弥左衛門が帰って来るのが見えます。ヤバい。今出たらハチ合わせです。
権太は手近にあった鮨の空き桶にとりあえずお金を隠して、自分は奥に隠れます。
権太は、東京でこのお芝居を見るとけっこう垢抜けた、江戸の街にいそうな小悪党として描かれます。これはもう、これで決まった形なのでそのまま楽しめばいいのです。しかしもともとはこれは上方で作られた文楽の作品ですから、上方の生活感が出ています。京阪の感覚で「吉野の下市村」と言えば、すごいイナカの農村なのです。そういう閉じた村落共同体に、かならず一人はいた、あぶれものの嫌われ者の悪党、それが権太です。
上方の文楽作品の、田舎の家を舞台にした「世話場(せわば)」には、役の軽重はありますが、こういう「あぶれもの」が必ず出てきます。権太はその典型的な役柄だったのです。江戸歌舞伎に移入されて、権太以上にイメージが変わってしまいましたが、「忠臣蔵五段目」の「定九郎」も、もともとはそういうかんじの「地域社会のあぶれ者」的な役です。さて、父親の弥左衛門(やざえもん)が帰宅しました。風呂敷包みを持って、なんだかあわてています。この包みを、権太がお金を隠したのの隣りの桶に隠します。ここが後半にむけてとても大切な部分になります。使用人の弥助が迎えに出ます。お里と母親が奥の部屋にいるのを確認して、弥左衛門さんは弥助を上座に置いて、頭を下げます。とくに衣装は変わらなくても、この瞬間「弥助」は「維盛さま」に見えなくてはなりませんから難しい役です。
弥助はじつは平維盛さまである。身分を偽って使用人にみせかけてかくまっている。娘のお里と結婚させるのも、本当は宮仕えさせるような気持ちで、嫁入りとは思っていない。頼朝の家来の「梶原平三(かじわら へいぞう)」が維盛を探しに来ている。この家にいるのも感づいている。逃げなくては。明日朝イチで、お里と一緒に隣の村の自分の隠居所に逃げるように。とかそんなかんじの事を言います。なぜ弥左衛門が危険を犯してまで維盛さまのめんどうを見るかと言うと、維盛さまの父親の「平重盛(たいらの しげもり)」さまに恩があるからです。
平家の全盛のころのことです。平重盛は信心深いので中国のお寺に寄付しようと思い、三千両の寄付金(セリフで「祠堂金(しどうきん)」と言っているのがそれ)を船で贈ろうとしました。
その船頭が弥左衛門さんでした。弥左衛門さんは仲間といっしょにそのお金を横領したのです。そして捕まりました。もちろん死罪ものですが、重盛さまは情け深い人でした。「日本のお金を唐土に送ろうとした自分のほうが間違っていた、むしろ日本に対して自分のした事こそドロボウだ。盗まれても金が日本にあるほうが望ましい」と言って船頭たちを許したのです。
という大恩があるので、弥左衛門さんは命に替えても維盛を助けようと思っています。
お里ちゃんが登場します。もう新婚初夜に向けてスタンバイオッケー、やる気まんまんというかんじで枕を持っています。てか、枕!! 直球!!
弥左衛門さんも「あとは若いもん同士で」と引っ込みます。
お里ちゃんは「近所の家はみんな寝た、お月様も寝た、わたしも眠いー」とかわいらしい事を言って、屏風の影のおふとんに寝てしまいます。いわゆる据え膳です。しかし、維盛さまには、都に残した妻子がいるのです。というわけで夫婦として暮らすのはかまわないが、妻子を裏切ることになるのでエッチはできません。困る維盛さま。というところに、戸口に道に迷った旅人がやってきます。
出てみたら、なんと、奥さんの「若葉の内侍(わかばの ないし)」と息子の「六代君(ろくだいぎみ)」くんではないですか。対面を喜ぶ3人、今の状況とかをお互い話し合います。寝ていたと思っていたお里ちゃんがこれを全部聞いていて、泣き出します。なら先言ってよ!! 知っていたら、こんな身分違いの恋なんてしなかったのに!!かわいそうです。というところに、お役人がやってきます。
梶原平三と家来たちがが今から維盛さまがここにいないか調べに来るというのです。あわてる一同。 とりあえずお里ちゃんはてきぱきと3人をさっき話題に出ていた隣村のお父さんの隠居所に逃がします。
ここに、奥の部屋で全てを聞いていた権太が出てきます。維盛さま一家を追いかけて捕まえて、梶原に差し出せば金になる!! と言って張り切って駆け出します。しかし一度戻ってきて、さっき母親からもらったお金を隠した桶を持って行きます。何個か並んだ桶の、どれに入れたか忘れたので、いくつか持ってみて重さで見分けます。重いやつを持って行きます。ええ、間違った桶(首入り)を持って行って行きます。
一貫は3.75Kgなので三貫は11キロくらいですから、重さは近いと思います。権太は花道をいっさんに走って退場します。この、権太が退場する場面の花道での見得が、特に江戸演出ではお芝居の見せ場のひとつですので楽しみにご覧下さい。歌舞伎なのでどんどんネタばらしをしますと、権太はこの時点で維盛さまを助ける気持ちでいます。持って行こうとしているお金も、維盛さまに渡すつもりです。なので、悪役として荒々しく引っ込む権太なのですが、気持ちの上では正義のヒーローなのです。そういう部分も含めてご覧ください。
2階と3階の席だと花道は見えないと思いますが、さまざまな効果音や義太夫(語り)が舞台を盛り上げています。雰囲気を楽しみながら優雅に心の目で見るのです。のびあがるのはご遠慮ください。
残された一家があわてているうちに梶原平三が登場します。梶原平三は、「石切梶原(いしきりかじわら)」という例外的なお芝居を除いて、出るたび悪役です。決まり事になっています。問い詰められた弥左衛門さん、「じつは、もうごまかせないと思ったから維盛さまはすでに首切ってある。」と言います。そしてさっき、妙な風呂敷包みを隠した桶を開けて見せようとします。そこには権太にやったお金が隠してあるはず!!とあわてる母親。母親と弥左衛門さんがモメていると花道から声がします。権太が維盛さま一家を討ち取って連れて来たのです。
若葉の内侍と六代君を縛って、維盛さまの首を持ってやってきた権太。荒々しくふたりを梶原に引き渡します。喜んで、ほうびに頼朝さまのものだという陣羽織を置いて、梶原は帰って行きます。都に持って行けばこれと引き換えに金銀をくれるのです。
権太はうれしそうに梶原を見送ります。さて、権太はいきおいこんで家に入ります。今は「親父殿!!」とセリフが入ることが多いです。文楽の原作にはないセリフです。権太の気持ちが伝わるいいセリフだと思います。
その瞬間、父親が権太を刺します。弥左衛門さんは、せっかく命に代えて守るつもりだった維盛さまとその家族を、金のために裏切って殺した権太がどうしても許せなかったのです。刺された権太は、、しかし怒りも、驚きもせずに、事情を話しはじめます。「おいたわしや 親父殿」弥左衛門さんは、前の幕で道で死んでいた「小金吾(こきんご)」の首を切って持ってきて、「維盛さまです」と言って渡すつもりでした。
権太はさっき、その首を間違えて持って行ってしまったので、そのまま、梶原に小金吾の首を渡したのです。
維盛さまは無事です。小金吾は「前髪」のある、元服前の若者でしたから、弥左衛門さんはその前髪を使って、小金吾の髪を貴族風の総髪に結い直してごまかすつもりでした。でも、そりゃ浅知恵です。「維盛さまが町人風の髪型で使用人に化けている」という情報を梶原が知らないわけがないのです。
なので権太は、小金吾の前髪を剃って、町人風の髪型にしてから渡したのです。俺がしっかりしていれば、親父どのも事前に俺に相談してもっとうまくやれたろうに。一人で悩んでかわいそうに、いたわしい。悪人だった権太がなぜ急にこんないい事をしたかというと、現行上演では、もともと親を苦しめるのを心苦しく思ってはいた権太、お金と間違えて首を持ってきてしまったので、「これも運命、今が性根の直し時」と思った、となっています。
文楽の原作では、前幕で小金吾の荷物を持っていったとき、中に重盛さまの高貴な絵姿が入っていた。自分の一家が重盛さまに恩がある事は知っている。聞けばその息子の維盛さまが困っているらしいので「今が性根の(略)」と助けることにした。母親からもらったお金も維盛さまに路銀として渡すつもりだった。というかんじです。まあどっちでも筋は通ると思います。
さらに、若葉の内侍と六代君に見せかけて縛って渡したのは、権太の妻と息子、おせんさんと善太くんだったのです。ふたりは、権太が改心できるならと、自分から縄をかけてくれと言ったのです。泣きながら、血を吐きながらふたりを縛ったと言う権太。そんなこととは知らずに弥左衛門さんは怒りにまかせて権太を刺してしまいました。
もう半年、ひと月早く改心すればこんな無残な事にはならなかったのにと泣く両親。
維盛さまと家族も登場します。これもぜんぶ源氏、というか梶原平三のせいです。みんなで梶原を恨みます。こういう場合、梶原だけを悪者にします。頼朝は江戸幕府へとつながる封建制度の創始者ですから神格化されており、悪者にはできないのです。とりあえず梶原が置いていった陣羽織を恨みを込めて引き裂こうとしたら、中から短冊が出て来ます。
 内やゆかしき 内ぞゆかしき
という歌の文句が書いてあります。
以下、一応意味を書きますが、本筋とは関係ねえっちゃねえので読まなくてもいいです。これの元歌は、陽成院がもう年をとった小野小町に送った歌で
 雲の上は ありし昔に変わらねど
 見し玉簾(たまだれ)の 内やゆかしき
というものです。
「雲の上」は、宮中のことです。「玉簾(たまだれ)の内」は、帝の玉座の簾(すだれ)の内側を指しています。「や+已然形」で、反語や疑問を表します。
なのでこの歌は(あなたが出仕しなくなってからも)、宮中の様子はあなたがご存知の昔の様子と変わらないですが、とはえ、昔見た玉座のそばの華やかな様子が恋しいのではないですか?
みたいな意味です。なんかイヤミな歌です。これに、小町はほぼそのままの歌で返歌をします。
 雲の上は ありし昔に変わらねど 見し玉簾の 内ぞ恋しき
「や」が「ぞ」になっただけですが、「や」だと疑問系ですが、「ぞ」だと「強意」です。
 玉簾の内側にいらしていつもお会いしていたかた(帝)恋しいことですよ。
一文字変えただけですが、歌全体の印象も意味もまったく変わります。 かっこいいです。
歌の説明おわりです。というやりとりから取って、「内やゆかしき 内ぞゆかしき」と書いてあるのですが、元の歌と以降の内容は無関係です。
どういう意味だろう、「陣羽織の内側に何があるのか見てみたいものだ」と言う意味かな?
というわけで、陣羽織の縫い目をほどいてみたら、中から袈裟と衣、出家アイテムが出て来ます。数珠もそろっています。「命は助けるから出家しなさい」 と暗に言っています。
頼朝は平家の手ぬるい政策のおかげで命拾いして、結果として平家を滅ぼすことができました。
そのとき命を助けてくれたのが、維盛の父親の重盛でした。 
その恩があるので、頼朝は平家一門の中で、重盛の子である維盛だけは助けるつもりだったのです。
うまく梶原をだましたと思ったら、だまされていたのか!! おかげで父親を怒らせて命を落とす事になってしまった。 人を騙してばかりで生きてきたから、その報いで最後の最後に命をだまし取られてしまったなあ 
と悲しむ権太。無常を悟った維盛は、髷を切って出家します。
若葉の内侍とお里は一緒に行きたいと言いますが、それぞれ、六代君と年取った母親のめんどうをみなくてはなりません、と維盛は突き放します。権太が死ぬところは見ていられないので、ギリギリ生きているうちに急いで旅立つ、という義太夫(語り)での弥左衛門さんのセリフは歌舞伎ではカットです。まあ最後のほうは長いし聞き取れないとは思います。それぞれ旅立つもの、残るもの、悲しい気持ちで、幕です。チナミに、平家物語では維盛は平家の滅亡前に入水して果てます。それを聞いた頼朝は、「出家したならべつに生かしておいてあげたのに」と言います。そのへんをもとにこのお話は作られたのだと思います。ただし、出家して命を助けられた六代君は、平家物語によれば大人になってから結局殺されます。維盛だって出家したからって助かったとは限りませんー。>


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by kogure613 | 2019-01-06 21:34 | こぐれ日録 | Trackback | Comments(0)

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