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立ツ鳥会議『夕夕方暮れる』AI・HALL次世代応援企画

2019/6/9(日)

立ツ鳥会議第6回公演『夕夕方暮れる』2時間弱。脚本・演出:植松厚太郎。AIHALL、次世代応援企画。14時すぎ開演。

「ゆうゆうがたくれる」と読むそうだ。懐かしいようなベンチ3つと公園の照明(あかり。18時前後、暗くなると明かりがつく。ただ、廃園になった翌日の月曜日の夜は暗い)。

別役実さんの平成版のような、劇団綺畸出身ということで、如月小春さんの舞台ともつながるような美術(サカイヒロト)。

立ツ鳥会議という劇団は、作・演出の植松厚太郎さんと制作の小林弘直さん、そして3名の役者、鶴たけ子さん、津島一馬さん、荒川大さんの5名だそうだ。

群像なので、5つの対等ではないユニット(愚かな人とその相手と離れず、でもうまく更生させたりまだ未来はあると思わせられず、自分自身にも既視感があったりする)。

面白いのは、ライブなので、観劇時間はリニアに一方向に流れるのだが、場面転換で日にち(曜日)が戻ったりする。土日に台風が来るので、雨が降り出す金曜日はこの芝居の中心。日曜日には廃園で、その日曜日の次の月曜日は真っ暗である。冒頭も同じ月曜日の日没前。

一番新鮮だったのは、同じ舞台に違う曜日の場面が並行して展開されること。隣通しに座っているがこれは日にちが違うので無関係である。一度、無関係かしら?と思っていたら関係ができて、同じ曜日なんだと思ったりする。不思議な混じり合う感覚。無関係の人通しの混じり方に加えて、時間も混じり消えていく。

サードプレイス論というのがあるが、ここも会社帰り、家庭に帰りづらい人たちのたまり場。もちろん、ニートや万引き常習の人もいる。

中途半端なアパートオーナーの両親を持つ妹波多野文香(伊藤安那)とDV親から家出している兄、波多野秀道(近藤フク)。これは偶然。兄は寂しく、アル中のニート、加藤(中川慎太郎)に話しかけ、アルコール缶を買ってくる。

この加藤に中学時代虐められていた山ちゃん(津島一馬)を唯一かばって山ちゃんを生き延びらせた高ちゃん(田中健介)。非対称な友人関係。

同じく、美大時代の同級生の水希(石原夏美)は、美術は抜群だがそれ以外はとても不器用な千尋(目黒ひかる)といつもここのベンチで出会う。千尋がプリンターの用紙で告白したという会社の男が波多野秀道だった。この人も生きていてもなにもワクワクしない人の一人で、だからそんな動画を取り、他人に見せたりする。

最後になったが、中心的ユニットの3人。巨大なぬいぐるみ、ティラミスを抱える男、退職して夜のバイトをしている夫修(荒川大)と、友人戸村(小島明之、彼もぬいぐるみを修に送られて返すためにぬいぐるみを抱いていた、こっちのほうが先)、そして、修の妻友理恵(鶴たけ子)。典型的な?三角関係。

戸村は、すべてがデジャブで、ただ友理恵との関係だけが新鮮だという。でも、友理恵は単にと村がそういう言い訳をしているだけだと言い返す。まっとうそうな二人ですら、暗い。

でも、台風はすぎさり、公園はなくなっても、また月曜日になってカレンダーは巡っていく。

http://www.aihall.com/2019b-a-l_interview/

<植松:立ツ鳥会議は、私、植松厚太郎と小林弘直の二人が共同主宰の演劇ユニットで2010年に結成しました。私が脚本・演出を、小林がプロデュースを担っています。私たちは、東京大学と東京女子大学の学生で構成されている学生劇団「綺畸」の出身で、大学の卒業公演を自分たちでやるためにこのユニットを立ち上げました。
…5年後の2015年に再始動し、今年で丸4年を迎えます。現在のメンバーは5人で、30代前後の社会人が中心です。東京のメンバーが多いので、大阪在住の私が週末に東京に通い、稽古をするという非常に強引なかたちで活動しています。作風は現代を舞台にした会話劇です。丁寧に積み重ねた会話と豊かな物語を通じて、現代の実感の奥底にある感情を掬い上げる作品をつくることを目指しています。毎回、トリッキーな演劇的仕掛けを入れているのも特徴です。出演者は公演ごとに、プロの俳優や社会人、学生といったバラエティに富んだ面々をお呼びし、そのなかでいかにクオリティの高い作品をつくるかを模索しています。>
<植松:新作『夕夕方暮れる(ゆうゆうがたくれる)』は、現代の若者10人で織りなす群像劇です。友人関係や夫婦関係、たまたま出会った二人といったミニマムな組み合わせからスタートして、最終的にはそれぞれが複雑に絡み合ったり絡み合わなかったりしながら、「現代における人と人との関係性」に焦点を当てていく作品です。今回は、東京の都心から若干離れた郊外にある小さな公園を舞台に、夏のある1週間、月~金曜日の平日5日間の夕方が舞台上で同時に進行するという構造にチャレンジします。時間が止まらないスリリングさに加えて、5つの時間を同時に進行させることで、出来事が、あるときは時間が戻る形で展開したり、あるときは不思議な重なり方をしたりします。こうした構造に物語を落とし込むことで、現代における群像をユーモラスかつシニカルに描き出したいと思っています。今回、「演劇でしか成立させられない物語とは何か」に着眼し創作をスタートしました。近年では、複数の場面やシーンが同時に進行する手法は、珍しいものではありません。でも、ここまで重ねるパターンはあまり無いと思っています。>
<子供らは自転車を駆って土手沿いの運動公園へ。年寄りは公民館に程近い緑道のベンチに集う。
子供にも年寄りにもスルーされるこの小さな公園は、もはや公園とは言えないのかもしれない。
平日の夕方である。午後6時のチャイムが鳴った。夏なので7時にもう一度鳴るだろう。それは今が何曜日であろうと変わらない。誰が何曜日かは知らないが、10人のままならない男女がいて、もちろん彼らは子供でも年寄りでもない。「ただあらゆることが、もう過ぎ去ってしまったか、いつまで待ってもやって来ないような気がするんだ」立ツ鳥会議、2年ぶりの長編新作は、会えば会うほど愚かしい、同時に暮れ行く五つの夕方の群像劇。>

鶴たけ子

津島一馬

荒川大

石原夏実(すこやかクラブ)

伊藤安那(文学座)

小島明之(カムヰヤッセン)

近藤フク(ペンギンプルペイルパイルズ)

田中健介(しあわせ学級崩壊)

中川慎太郎(劇団ダブルデック)

目黒ひかる

http://kiki.sub.jp/about.html

<劇団綺畸は、1976年に如月小春らによって設立された劇団です。別役実の『空中ブランコ乗りのキキ』から音がとられ、それに如月小春が「綺畸」の文字を当てました。漢字の意味は、シェークスピアの『マクベス』の魔女の台詞「キレイはキタナイ、キタナイはキレイ」に由来しており、綺麗なものと畸形なものは等価であるという価値観を表しています。

創設に関わったのは東京女子大学演劇部のメンバーでしたが、第1回公演『少女仮面』(作・唐十郎)から東京大学の学生も参加しました。第2回公演は如月小春処女戯曲『流星陰画館星影の残酷メルヘン』を当時の寮食北ホール(後の駒場小劇場)で上演しました。1980年前後、駒場小劇場は野田秀樹率いる夢の遊眠社をはじめとする東大の各劇団がクオリティーの高い作品を上演して人気を集め、ホットな場所として演劇雑誌上でも注目されました。

如月小春は19826月の公演『工場物語』を最後に学生劇団を離れ、自身の劇団「NOISE」を設立しました。その後も劇団綺畸は存続し、東京大学の演劇文化を40年以上にわたって支え続けてきました。現在も東京大学と東京女子大学の学生を中心に、夏と冬に駒場小空間(東京大学駒場キャンパス内・多目的ホール)にて本公演を行っています。>
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by kogure613 | 2019-06-09 22:25 | こぐれ日録 | Trackback | Comments(0)

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