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『いだてん』39回目

2019/10/19(土)

大学院の授業。

帰って録画を観る。

これだけは観たほうがいいと言われて素直に見る。『いだてん』39回目。

東京五輪。来年、マラソンと競歩は札幌になるという。返上できればいいのになあ・・

『いだてん』この回を見なかった人はもったいない。宮藤官九郎、魂の「戦争」と「志ん生」

木俣冬 | フリーライター

10/19()

https://news.yahoo.co.jp/byline/kimatafuyu/20191019-00147472/ より引用

<日本ではじめてオリンピックに参加した金栗四三(中村勘九郎)とオリンピックを東京に呼んだ田畑政治(阿部サダヲ)を主人公に、明治、大正、昭和とオリンピックの歴史とそれに関わった人々を描く群像劇。第二部・田畑編、ついに完結。東京オリンピックは中止になり、戦争が本格化、学徒動員で小松勝(仲野太賀)も新妻・リク(杉咲花)を残して満州へ(38回)。戦争から逃れるために圓生(中村七之助)を伴って満州に慰問に向かった志ん生(森山未來)。そのまま終戦を迎えるが、日本が負けた途端、日本人は虐げられて39回)>

<小松の最期は一瞬無駄死にように見える。が、戦争で亡くなったことにしなかったところに作り手の意地を見た。沖縄に行かず、敵味方両方に追われている逃亡兵となった(死ぬのがこわいから逃げろと言う分隊長役が大人計画の村杉蝉之介)ため、もはや追い詰められていた小松が、最後まで走ることを選んだという死に様を描いたのだ。彼は自分で最後を決めたのだ。しかも、自分の走りの体験を、志ん生の「富久」に活かして、それを観ることができた。どうせ死ぬなら好きなことをして、最後にああ、楽しかった!と思って死にたいではないか。せめて。

 雨の中、無残に死んでいる小松にかけより嘆く志ん生。でも名前を忘れていて、「富久」の久蔵でいいか、と言う。小松だって志ん生を圓生と間違えていた。名前が曖昧であることの哀愁、そして、その匿名性が人知れず亡くなっていった無数の人たちのことでもあるように感じさせる。>


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by kogure613 | 2019-10-19 22:25 | こぐれ日録 | Trackback | Comments(0)

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