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飯沼賢司『八幡神とはなにか』

2021/11/22(月)

飯沼賢司『八幡神とはなにか』角川選書、2004年。

昔買って、多分、一応読んだはずの本だが、ほとんど内容は忘れていた。

石清水八幡宮やその隣の神應寺を知るためには、八幡総本宮・宇佐神宮の起源を知っておく必要があるし、大仏建立、聖武天皇との関係などもかなり興味深いことだということが、新鮮に感じた。

 

本の後ろの解説

<西方の名も知れぬ神であった八幡神は、大仏建立を契機に突如入京し、仏と日本の神々をつなぐ新しい国家神となった。その後も、道鏡事件、空海・最澄の新仏教、承平・天慶の乱の平定、摂関政治の確立と、その時代時代の政治や宗教政策に深く関与し変身を遂げてきた。まさに「時を生きる国家神」であった。本書は、その八幡神の謎に迫る。>

 

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74912月の終わり、西国の果て九州宇佐の地から、八幡神が入京してくる。この八幡神は、突然歴史の舞台に出現してきた新しい神であり、当時は、奈良の京(みやこ)ではいまだよく名も知られぬ神であった。この八幡神の入京は、東大寺の盧舎那大仏の造立に協力した神が鋳造の終わって間もない大仏を礼拝するためであった。>

 

八幡の語源説は色々あるようだ。福永光司氏の説によると、<「八幡」とは中国の唐の時代に確立した軍隊の制度を象徴する「八幡・四鉾(ほこ)」制に由来しており、軍隊の「幡」である>そうだ。p19

 

八幡神の起源は、大和朝廷の西の果て、隼人と新羅とに向き合った、国家護持、武運長久を祈る戦の神だったようだ。

そして、この国家神である八幡神は日本で最も早い段階で仏教に遭遇し、それと結合したという。それに寄与したのが、法蓮(ほうれん)で、その子孫は宇佐氏となって、宇佐八幡宮を担う氏族の一つとなっていく。

法蓮は仏教的医療行為を許された法師であって、その中核は「放生(ほうじょう)」だという。放生会は、石清水八幡宮の9/15の大祭でも行われているものだし、神仏習合の行事だなあとは思っていた。確かに、神社のなかには、八幡神のように、弓矢を持った戦いの神がいて、そこには殺戮ということが繰り返される(720年の大隅隼人の大反乱における殺戮などなど)。怨霊が取り巻くことになるので、何らかの治療がいるので、そこは仏教の出番だったわけだ。

 

宇佐八幡宮のなかに、八幡神宮寺が737年に移されるが、これは、神社境内地に建立された本格的神宮寺ではないかと本書は言っている。

 

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<ここに(737年)宇佐八幡宮は、古代律令国家の西方鎮守として軍神としての地位を明確にするばかりではなく、殺生や敵国からの悪気によって起こる病から人々を救う放生という方法を取り込み、鎮護国家の神として注目されるに至った。>

 

 

雨。雨の日は、散歩もままならない。

 

月に一度の樟葉のあるクリニック通い。

いつもは火曜日にしているが、明日は祝日なので月曜日の今日になった。

いつもの薬局がなくなって、別の薬局になる。

 

樟葉駅前の惣菜屋さんに寄る。

この前、ステーキが1000円という口上につられて一緒に買ったカキフライがとても美味しかった(京橋の京阪デパート)ので、カキフライも買ったが、いまいちだった。というか、前のがかなり美味しいのかも知れない。若い時、都城市で仕事をしたあと、春に食べた生牡蠣にあたり、自治省の公営企業第一課で大蔵省の折衝のときにいただいた広島県の生牡蠣にもあたったから、牡蠣にはいい思い出がなく、できるだけ避けていたが、火を通すと美味いのだなと初めて思った。

夕方に1割引きだから近くのスーパーで買い物。


by kogure613 | 2021-11-22 22:30 | こぐれ日録 | Trackback | Comments(0)

こぐれのぶお・小暮宣雄 写真は春江おばあちゃんと・サボテンの花嬉しく 


by kogurenob
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