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慙愧する月曜日 どうして、肘の皮膚がむけているのか、ズボンがどろだらけなのか

5/28(月)
もう一つのブログに写真をアップしていて、遅くなる。
あさ、ヒヤッとしていて、昨日とはえらい違い。
高校の美術大会の原稿を少し書き換える。具体的な実践例を書いて欲しいというメールがあったからだ。

午後の3回生ゼミは、11名とずいぶん少ない。昨日あれだけワークしたから疲れたのだろう。
きょうは京都文化ベンチャーコンペティション応募のためのブレーンストーミングをしたので、自宅でお休みのゼミ生も、どんなことがいまあったらいいなあと思っているのか(困っていること、物足りないこと、社会がいま必要なこと)と、京都府内の文化資源(モノ、トコロ、ヒト、出来事、歴史・・・)あるいはアーツ(文化芸術)で興味のあることをノートに書き出しておいてくださいね。

3つに分けて話し合ってもらったのだが、なかなかいい感じのネタだしだったように思う(具体的に書きたいぐらいだが、彼女たちの募集案件になるかも知れないのでこれはゼミ内秘である:ゼミ生さんたちも、くれぐれもよろしく!)。
来週は、図書館やインターネットを使ってより具体的に調べてもらおう。できれば、今日出たテーマを事前に調べてもらうと嬉しいな。あと、類似商品・サービスも調べておこう。

4回生ゼミは、映画について。
小津安二郎の死亡年をきかれて、ずいぶん実際(1963年12月12日)と違って答えてしまった。

そうそう、3回生ゼミのとき、ゼミ生のお母さんがゼミ生にメール。松岡農相自殺というニュースだった。よっぽど衝撃的で娘に知らせたくなったのだろうな。授業中のメールだがなるほどと変に納得してしまった。

帰って、19時のニュースを見ると、首相が「大変残念。慙愧に耐え(堪え)ない」と言っている。残念無念と同じ意味だと思って使っているのかな。ただ、本来の意味~「自分の行為を恨み、深く心に恥じること」(広辞林)~で首相が使っているとすると、自らの不徳のいたすところ、とまではいかないが、責任を取るつもりとも思える発言となる。

「遺憾に存じます(=十分な結果が得られず、心残りがします)」のほうがどちらかというと残念に思うに近いが、もちろん、この場合は、慙愧(ざんき)も遺憾(いかん)もどちらも使えないのだろう。他者の死の訃報を聞いてなんというべきか、ことばにできない思いで胸がつぶれているので、絶句するのが一番自然なのかも知れない。政治的、あるいは法的な側面もあるので、一人の死を悼むあとには、より社会的な追及が必要なのだろうが。悪人正機説ではないけれど、まずは、黙祷。
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by kogure613 | 2007-05-28 22:02 | こぐれ日録 | Trackback | Comments(0)

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