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鶴見俊輔『戦時期日本の精神史―1931~1945―』

2007/8/22(水)
銀行に行ってローンの金利相談とか買い物とか家の仕事をいささか。
男山の生協のあと、ムサシという所に行くと、そこはもう松井山手に近いところになっていて、ひょっとすると、NPO法人プラス・アーツの「(仮称)つくるところ京阪東ローズタウン設立準備室」とか、そういう地域も近いのかも知れないなと開発の看板をちらりとみる。

あとは、野球(満塁ホームランが出るとすごいよねと言った直後に実際そうなってびっくり)にサッカー観戦。遊んじゃった。

鶴見俊輔『戦時期日本の精神史―1931~1945―』(岩波書店、1982年)を読み終える。ちょうど、安倍首相がインドの国会で自分の祖父が50年前首相としてはじめてインドを訪問したというニューズを見ていたので、この本に登場する「岸信介」の部分を抜書きしておく。

《 1960年という年は、戦争中の東条内閣の閣僚の一人であり、前にも申し上げた朝鮮人労働者への日本への強制移住と強制労働の計画を立案した高官の一人である岸信介が内閣総理大臣となって、こんどは米国に対する戦争ではなくて、米国と日本とのあいだに軍事協定を新たにするという決定があった年ですが、・・・》p128

《・・・劉連仁は、北海道の労働現場を与えられそこで働いているうちに、1945年7月30日にそこから山の中に逃げ、そこで1958年2月9日に発見されました。このときには、日本の首相は岸信介で、偶然にもこの人は、東条内閣の軍需相として中国人強制労働の政策を決定した人でした。岸政府は、発見された劉連仁を日本国内に不法滞在している外国人として罰しようとしましたが、さすがにその動きは、日本の世論の反対にあって止められました。》p207

《・・・5月19日に岸総理大臣とその率いる自由民主党は、多数決によってこの軍事同盟を衆議院で可決しました。それは合法的手続きでした。野党はこの問題についてもっと議論をすることを強く求めましたが、岸総理大臣は待つことができないと感じました。というわけは、彼は米国大統領アイゼンハワーが日本を訪問する日どりに合わせて彼へのお土産としてこの軍事同盟を手渡すつもりだったからでした。彼のとった手続きは合法的なものではありましたが、力に任せた多数党の強引な軍事協定可決への動きが戦時内閣の大臣によって、いまは総理ですが、なされたということは、民衆のあいだからこれまでの歴史にはなかったほどの自発的な広範囲にわたる怒りを呼び覚ましました。》p215-216
Commented by TAK at 2007-08-23 22:06
岸信介は、戦後の右思想の抑えるためのに、東京裁判でA級戦犯の中でも、軍事的重要ポストであったのに絞首刑にならず、その後、政界に入る、本人自身も「A級戦犯で首相になれるのは、自分だけだ」と言っていたと聞いている。しかし、それを受け入れている日本人がいる
Commented by しん平 at 2007-08-24 05:57
ぼくの友人の沢知恵という歌手がピアノの弾き語りで、茨木のり子さんの詩に曲をつけ「りゅうりえんれんの物語」を歌っています。
Commented by kogure613 at 2007-08-24 11:21
TAKさん、しん平さん、コメントありがとうございます。
さいきん、岸信介研究も出ていて少し読みましたが、歴史は今という揺れ動く視点からつねに修正されていったりするものだなあと思ったりします。この本は、15年戦争(太平洋戦争を彼はそういっています)を知っている、25年前(80年代初頭)の鶴見俊輔のカナダの大学での講義録なのでまた面白いもので、しかもこれも歴史的な文脈を感じたりもします(岸信介のお孫さんが戦後レジュームからの脱却などを言う時代が来るとは予想できなかったでしょうし)。

「茨木のり子さんの詩」は、長いものらしいですね。まるで知らなかったです。ありがとうございました。沢知恵さん。聞き覚えがありますが、どこかぼんやりで、いつもありがとうございます。昨日は石川さゆりを家族で聞いてカラオケしたところです。こぐれ
by kogure613 | 2007-08-22 19:44 | こぐれ日録 | Trackback | Comments(3)

こぐれのぶお・小暮宣雄 写真は春江おばあちゃんと・サボテンの花嬉しく 


by kogurenob
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