習うことを学ぶ、問いかけを学ぶ。

9/24(月)
振替休日という。
もう新学期なのだから、ゼミ始めたいなあ。
まあ、仕方がない。家の用事。
お昼、たまたま駐車場のそばにあったお蕎麦屋さん、尾張屋に入る。
二階の奥の座敷に地蔵菩薩がまつってあり、ご飯が備えられている。
なかなか有名なところだとあとで知る。

金延幸子「み空」。また、ずっと聞いている。はなより、若いときの録音だなあ。

高校までは学習で、大学では学問であるというフレーズをかみ締める。
習うことを学ぶのは高校。問いかけを学ぶのが大学。たぶん、卒業研究では、問いかけの仕方は学んだので、その仕上げとして、実際に問いそれについて自分で探求することになるのだろう。

でも、いまは、大学生でも学習の仕方まで勉強する必要も出てきている。
先人は、世界のさまざまなことに関して、問いを発し、答えを出してきた(一応の)。そのセットを学習しておいてもらうといいのだが、問いを省いて答えだけを丸暗記していると、答えのまだない「問い」を見つけること、問うことそのものの意味が理解できない。

わたしの最近の問いは、人はなぜ祭りをするのか、である。もともとの問いは、人はどうして歌うのか、踊るのか、演じるのか、なぜ描くのか、飾るのか、造るのか、であることは間違いない。そのために舞台を作り、出会いを生む。その一環として、いまは、年中行事や冠婚葬祭、とりわけ、祭りを探り、過去から現在までにあったアーツと社会との対話を問うているはず。さて、それがアーツマネジメントなのだが。まだ、遠い。
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by kogure613 | 2007-09-24 07:07 | こぐれ日録 | Trackback | Comments(0)

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