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大学に行って、交響圏について少しだけ考える 見田宗介『社会学入門』

2010/2/16(火)
11時からさきらの松崎さんがやってきて、19日のシンポジウムの打ち合わせをする。

http://www.sakira-ritto.net/detail/detail.php3?No=2010011801


今日は、学生学会のお金を要求するっていうことがあったり、しばし雑用がある。後期のアーツ演習Ⅱの日にち確定もこちらですることになった。
そうそう、後期の井上信太さんにやっていただく「空間デザイン演習」は木曜日3限目になったので、暇な時に覗きに行くっていうことができなくなった(大阪成蹊大学の授業を長岡京でやっているものね)。信太さんから人数は少ないほうがいいので、宣伝しないようにといわれている。このブログを読むような3回生ならきっと抜群に面白くって、宣伝しないので少人数演習が出来るのではないか!と思う。できれば、4限目以降を入れないようにするといいかも。第1教務課のK村さんに、児童教育学科の工作室みたいなところがいいのではないか、といっておく。

今日すこしやっておきたかったのは、交響圏について考えることだった。そのために、見田宗介『社会学入門』(岩波新書、2006)「補 交響圏とルール圏―〈自由な社会〉の骨格構成」を読み直す。p168~201

http://blog.goo.ne.jp/mailtotaro/e/9549bd9c5c52e03e69cc9b6bf8074298

他者の両義性:「生きるということの意味と歓びの源泉である限りの他者」=P
「生きるということの困難と制約の源泉である限りの他者」=Q
P=交歓する他者、関係のユートピア、交響するコミューン→結合や連合や友愛
Q=尊重する他者、関係のルールと協定、契約の関係→近代の市民社会の理念のエッセンス

P:「溶解するコミューン」(同質化し一体化する共同体の理想)ではない=個々人の異質性をこそ希求し享受する=交響するコミューン、交響圏

Q:交響圏の外域の市民社会=交響圏(ユートピア)たち相互の間の関係の協定としての「ルール」圏、これがあって交響圏の自由が保証される

http://d.hatena.ne.jp/ishigakitakashi/20091125/p1

ルールは、交響圏の自由を保証する方法としてのみ市民社会のミニマルなルールのシステムを構築すべし

いままでは、閉じられた(一体化の)共同体があり、それを社会圏にいけば集列体として序列化=制御してきた。
これからは、親密圏は交響体となり(自由な社会)、それらの集まりとして「連合体」が社会圏において存在するという形に転位していく。

要約しながら分かってきたのは、親密圏と社会圏という言葉はニュートラルな概念であり、共同体から交響体(圏)へという動き、集列体(制度:官僚制もその一つのルールだと推定)から連合体(公共体)へという動きがゾレンとしてのこれからの社会構築像として掲げられている。

親密圏のこれからの形を交響圏と呼んでいて、それらを必要最小限にするものが「ルール圏」であり、連合体(公共体)である。とりあえず、交響圏と公共圏でもいいのだが、わかりずらいので、いまのところは、親密交響圏と公共ルール圏と名づけておこう。

では、近隣の地域社会(いま「コミュニティ」と呼ばれている集合体)などはどうか?ここに、これらの中間の領域が設定される。ただし、第3のものというのではなく、比重として示されている。つまり、たとえば、パーセント表示をすれば、50%交響関係、50%ルール関係というような様相の量的な比重。

魂=P(交響するコミューン)、シーザー=Q(シーザーのこと)

「魂のことはわれわれの魂に。シーザーのことはわれわれの内なるシーザーに。」p201

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by kogure613 | 2010-02-16 22:54 | こぐれ日録 | Trackback | Comments(0)

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